告訴事実の書き方9(横領罪)
横領罪は、単純横領、業務上横領、遺失物横領に分かれています。面白いのは、これらは同じ「横領罪」であるにも関わらず、罰条の重さが大きく異なることです。単純横領は「5年以下の懲役」、業務上横領は「10年以下の懲役」、遺失物横領は「1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料」となります。懲役の刑期だけで比べると遺失物横領は業務上横領の実に10分の1です。しかも「科料」があります。「科料」とは、罰金と同じ刑事罰なのですが、金額が1000円以上1万円未満となっており、わずか数千円という、交通違反の反則金並の金額です。落ちている物を拾ってついつい自分のポケットに入れてしまうという行為は、計画性も無く、誰もがその誘惑に乗りそうになるという観点から軽い罰条になっているのだと思われます。
これとよく似た関係にあるのが、通貨偽造・行使罪と拾得後痴情行使罪の関係です。通貨偽造・行使罪は偽札等を作ったり、それを使う行為で、どちらも無期(!)又は3年以上の懲役です。実際に無期懲役になった人がいるかどうか知りませんが、殺人でも数年の懲役判決があることを考えるとすごく重いですね。さて、拾得後痴情行使罪ですが、こちらは受け取ったお金が偽札であるのに気付いたものの、警察に届け出る等せずにそのまま使ったときに問われる罪です。この罪の罰条は、なんと罰金と科料しかありません。懲役も禁固もないのです。「知らずに受け取ったお金に偽札があったら、つい面倒でそのまま使ってしまう気持ちはわからなくもない」ということなのでしょうが、少々軽すぎるような気もします。
さて横領罪に話しを戻します。横領罪は、基本的に「他人の物を自分のものにする」行為であり、窃盗罪と似ています。(※自己所有物でも、官公庁に差し押さえられていた場合、これを売却等すれば本罪が成立する例外もあります。)実務でも、窃盗か?横領か?で悩むことがよくあります。
例えば、新聞販売店で、配達員が配達用のバイクを乗ったまま夜逃げすることがよくあります。この場合、バイクの持ち去り行為が窃盗になるか?横領になるか?、正解は「どちらにもなり得る」です。というのは、バイクの貸与状況によって結論が変わってくるからです。
販売店が、配達員に対し、バイクを配達業務中は当然のこと、通勤や休日の足として、自由に使わせていたとします。この場合、販売店は配達員を信用し、貸与していたものと見なすことができます。よって、これを乗り逃げ(拐帯)する行為は横領罪となります。
一方で、販売店がバイクの管理を厳正にし、配達員には配達業務以外には使用させず、鍵も店内で保管していたとします。この場合、配達員は業務以外でのバイク使用は認められていませんから、業務を逸脱して乗り逃げを開始した時点で窃盗罪の既遂となります。
なお、再度刑期の話しになりますが、上記2例は同じような「乗り逃げ」です。しかし罰則は横領が先に書いたように懲役5年なのに対し、窃盗は10年以下の懲役又は50万円以下の罰金となっています。やった行為はほぼ同じなのに、懲役に関しては倍の差があるのが面白いと思います。
単純横領の告訴事実記載例です。知人に腕時計を貸していたら勝手に売られた事案です。
告訴事実
刑法第252条 横領
被告訴人は、令和6年3月1日、告訴人から告訴人所有の腕時計1本(ロレックス製、型式AB-000、製造番号BB0000、時価90万円相当)を借り受け、同年4月1日に返却する約束の下預かり保管中であったが、同年3月5日、東京都墨田区中墨田町1丁目5番6号所在のリサイクルセンター松屋において、ほしいままに、前記腕時計を代金90万円で売却し、もって横領したものである。
ローン支払中の商品を転売
告訴事実
刑法第252条 横領
被告訴人は、令和5年12月20日、株式会社大日本通販(告訴人会社)から、初回代金1万5000円、残余金40万円は毎月1万円ずつ40か月月賦払いとし、代金完済後は同社から被告訴人に所有権を移転する契約で、同社から同社が所有する18金製ネックレス1本(販売価格38万円)を購入して交付を受け、預かり保管中、残余代金の支払いが終わっていないにもかかわらず、令和6年3月4日、東京都台東区御徒町9丁目4番33号所在のリサイクル店「ハッピーエンド」において、告訴人に無断で、前記ネックレスを20万円で売却し、もって横領したものである。
土地を売却後に他人に根抵当権設定登記をして横領
告訴事実
刑法第252条 横領
被告訴人は、令和6年5月7日、自己所有の千葉県市川市市川4丁目77番44号の土地約300平方メートルを代金完済と引き換えに所有権移転登記する約束で、代金3000万円で告訴人に売却し、同年6月1日、同代金を受領したが、同土地の所有権移転登記がなされない状態であって、同土地を告訴人のため預かり中のところ、同月2日、近藤春男から3000万円の融資を受けるに際し、ほしいままに、その担保として同土地を提供する契約をし、同日、同県船橋市船橋2丁目77番55号所在の千葉法務局船橋出張所において、同近藤のため極度額を4000万円とする根抵当権設定登記をし、もって同土地を横領したものである。
業務上横領の告訴事実記載例です。業務上横領の場合、発覚した時点で被害が多数回、多額になっていることが多く、事実内容の一部を別表にするのが一般的ですので、別表と併せて掲載します。
告訴事実
刑法第253条 業務上横領
被告訴人は、平成32年4月2日から、東京都新宿区本新宿1丁目5番7号所在の株式会社新日本○○の総務部経理課員として勤務し、同社の現金及び預金等の保管管理、給与の計算と支払、経費の支払等の業務に従事していたものであるが、令和4年12月1日から令和6年8月31日までの間、同社代表取締役山田邦彦から、同社の現金準備金等として現金を預かり、同社のために預かり保管中、別紙犯行一覧表のとおり、前後120回にわたり、同社内において、現金合計1500万円を着服して横領したものである。
最後に一番刑が軽い遺失物横領の告訴事実です。
告訴事実
刑法第254条 遺失物横領
被告訴人は、令和6年7月4日、東京都港区西港南3丁目4番5号先路上において、告訴人が遺失した告訴人所有のスマートフォン1台(iPhone18、黒色、製造番号ADC90809、黒色ケース入り)を発見したが、警察署長に届け出ることなく、ほしいままに、これを自己の用途に供する目的で拾得して横領したものである。
淺利 大輔
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。