警視庁機動隊の思い出したくない思い出【元警視庁刑事のコラム】

「警視庁の機動隊はどんな仕事をしているのか?」
「機動隊の新隊員生活は本当に厳しいのか?」

元警察官として警視庁で勤務した経験から、1990年代当時の警視庁第三機動隊の実態についてお話しします。

現在の機動隊とは事情が異なる部分もあると思いますが、当時の機動隊文化や仕事内容、そして新隊員が置かれていた過酷な環境を知る資料として読んでいただければと思います。


警視庁の機動隊は全部で何隊ある?

警視庁には一般に10隊の機動隊組織があるといわれています。

具体的には、

  • 第一機動隊
  • 第二機動隊
  • 第三機動隊
  • 第四機動隊
  • 第五機動隊
  • 第六機動隊
  • 第七機動隊
  • 第八機動隊
  • 第九機動隊
  • 特科車両隊

です。

ただし、正式には特科車両隊は機動隊ではないため、「機動隊等」と表記されるのが正確です。実際の任務内容はかなり近いものでした。

私はこのうち警視庁第三機動隊に所属していました。ただし在隊期間は約7か月で、そのうち最後の2か月は巡査部長昇任に伴い関東管区警察学校へ入校していたため、実質5か月程度です。


警視庁機動隊の階級より厳しい「新隊員ヒエラルキー」

警視庁機動隊では、公式な階級とは別に**独特の上下関係(ヒエラルキー)**が存在していました。

新隊員は年2回入隊し、

  • 新隊員
  • 半年
  • 1年
  • 1年半
  • 2年
  • 組長クラス

というように、在隊期間で厳密に立場が決まっていました。

2年を超えると「組長」と呼ばれ、若い警部補より影響力を持つことすらありました。

逆に新隊員は最下層です。

私の5か月間の記憶は、正直に言えば機動隊の仕事そのものより、新隊員としての理不尽な扱いの記憶が強く残っています。


1990年代の警視庁機動隊の仕事内容

現在の機動隊は災害派遣や大規模警備の印象が強いですが、1995年頃の警視庁機動隊の主な仕事は常駐警備でした。

対象となるのは、

  • 皇居
  • 国会議事堂
  • 総理官邸
  • 外国大使館
  • 重要防護施設

などです。

任務内容としては、

  • 施設周辺での立哨警備
  • 不審者警戒
  • テロ・ゲリラ対策
  • デモ警備
  • 要人関連警備

が中心でした。

オウム真理教関連施設の警備に就くこともありましたが、頻度はそこまで多くありませんでした。


機動隊新隊員の1日は過酷だった

朝5時台から始まる勤務

独身の新隊員は寮生活のため、午前5時30分には勤務開始していました。

私は既婚だったため家族住宅から通勤していましたが、それでも始発で向かって6時着が限界でした。

出勤するとすぐに、

  • 制服へ着替える
  • リヤカーを押して倉庫へ走る
  • 警備資材を積み込む
  • 布団を大型バスへ運ぶ

という作業が始まります。

歩くと怒られるため常に駆け足です。


バス内にも厳格な上下関係

機動隊バスの座席にも序列がありました。

  • 最前列:新隊員
  • 後方:上級者
  • 最後列:組長クラス

組長たちは後ろでトランプをしていました。

現場に着けば交代勤務ですが、交代が少しでも遅れると嫌味を言われます。


待機時間も自由はない

警備は2交代制。

立哨していない時間はバス内待機ですが、

上級者:

  • 読書
  • トランプ
  • 休憩

新隊員:

  • 無線機前で待機
  • 呼ばれたら即ダッシュ

という違いがありました。


機動隊の仮眠環境は劣悪だった

夜はバス内で仮眠します。

座席で寝られないため、「寝板」と呼ばれるベニヤ板を座席に渡して簡易ベッドを作りました。

これも新隊員の仕事です。

布団敷きが悪いだけでも翌日の叱責対象でした。


新隊員への理不尽なしごきとパワハラ

隊に戻ると「新隊員集合」が始まります。

内容は前日の反省会ですが、

  • 交代が遅い
  • 歩いていた
  • 布団の敷き方が悪い
  • 態度が悪い

など些細なことで怒鳴られました。

当時は暴力を受ける新隊員もいました。

今で言えば完全にパワハラ案件でしょう。


装備品紛失とロッカーの異常ルール

新隊員は装備紛失防止のためロッカーに鍵をかけていました。

ところがある日、

「新隊員のくせに鍵なんかかけるな」

と命じられました。

理由は、上級者が装備を紛失した際、新隊員のロッカーから補充するため。

実際に私の帽子もなくなりました。


機動隊員への暴力で骨折した同期の悲劇

同期の一人は、勤務態度を理由に組長から強く殴られ、顎を骨折して入院しました。

入院中、その同期はある女性と出会い交際を始めます。

結婚を考え上司へ報告したところ、警察の身辺調査で相手の父親が暴力団関係者であることが判明しました。

上司は交際をやめるよう指導しましたが、同期は拒否。

結果、

  • 常時監視
  • 小さなミスで始末書
  • 執拗な締め付け

が続き、最終的に退職しました。


なぜ機動隊員は深酒したのか

当時、新隊員同士で酒を飲むと、とことん飲みました。

それは単なる若気の至りではなく、極度のストレス発散だったと思います。

私の在隊中に大きな事故はありませんでしたが、異動後、後輩の新隊員が飲酒後に駅ホームから転落し、それを助けようとした2人を含め3人全員が亡くなる事故が起きました。

当時の環境を知る者として、本当に胸が痛みます。


まとめ|1990年代の警視庁機動隊は特殊な世界だった

警視庁機動隊は、治安維持を担う重要な組織です。

しかし1990年代当時の新隊員文化には、

  • 強烈な上下関係
  • 理不尽なしごき
  • 暴力
  • 過酷な勤務環境

が存在していました。

現在は大きく改善されているはずですが、当時の機動隊はまさに「特殊な世界」でした。

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淺利 大輔

あさり だいすけ

行政書士淺利法務事務所 代表

私は、2024年6月までの32年間、警視庁警察官として勤務し、そのうち25年間を刑事として告訴・告発事件の捜査に携わってきました
中でも、告訴・告発を中心に扱う知能犯捜査の経験が最も長く、数多くの事件で、実際に告訴状・告発状を受理し、捜査を進めてきました。
刑事部捜査第二課在籍時には、警視庁本庁舎(霞が関)の聴訴室において、告訴状を持参される弁護士の先生方と日々向き合い、
「事件として受理すべきか」「問題点は何か」
その現場の判断基準を、実務の中で徹底的に学び、鍛えられてきました。
だからこそ私は、警察が何を重視し、どこを見て告訴状を判断するのかを、初期段階から具体的に想定しながら作成することができます。
告訴・告発事件については、刑事の中でも専門性を持って取り組んできた分野であり、強い自負があります。
現在は、千葉県犯罪被害者支援センター会員として、
「費用面で弁護士への依頼をためらっている方」
「警察に何度も相談したが、前に進めずにいる方」
そうした犯罪被害者の力になりたいとの思いから、行政書士として告訴状・告発状の作成支援を行っています。
実際に、
「告訴、受理されました。淺利さんにお願いして本当に良かったです」
というご連絡をいただく瞬間が、何よりの喜びであり、この仕事を選んで良かったと心から思う瞬間です。
警察の内側を知る行政書士として、
“受理される可能性を高める告訴状・告発状”を、本気でサポートします。

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