精神疾患と診断された警察官のエピソード2話

 民間企業でも「うつ病」「不眠症」など精神疾患と診断される社員が増えていると聞きますが、警察官にも少なからずいます。だいたいどこの所属でも、常時1人か2人は休職している職員がいます。けん銃を持つという仕事の特異性から、診断を受けた職員は、まず事務仕事などの軽勤務に回されます。もちろんけん銃は持たせません。その後回復すれば元の正規勤務に戻れますが、悪化すれば休職となり、一定期間経って回復が望めなければ失職となります。
 エピソード1
 ある警察官が精神疾患と診断され、警視庁の弾薬庫前で1日中、警備に当たるという仕事を命じられたそうです。そんな場所に訪ねてくる人はまずいませんから、とにかく「居るだけ」という勤務だったようです。しばらく経った後、「これはちょっとかわいそうだ」となり、当時存在した「旧立川庁舎」の食堂で働いてもらうことにしたそうです。ところが、元々経験があったのかどうか、詳しいことはわからないのですが、彼が作る「蕎麦」が大変美味しいという噂が広がり、多摩地区の警察官の間では「立川蕎麦」として有名になり、多くの警察官がわざわざ食べに行くようになったとのこと。残念ながら私は23区内の所属でしか勤務してこなかったので、食べる機会はありませんでしたが、一度は食べてみたかったです。
 エピソード2
 こちらはバッドエンドのエピソードになります。私が都心のK署に配属されたとき、最上階の個室に1人ポツンと隔離されて勤務している警察官Aがいました。何らかの精神疾患があり、一般人や他の警察官と一緒にしないほうがいいという判断でそうなったようです。仕事は、警察官の採用に関することをやっていました。たまに廊下などですれ違うことがありましたが、目つきが本当に危ない感じで、近づきがたいイメージがありました。
 ある署長が赴任してきて、このAのことを知り「そんなところで1人で勤務させていたら、治るものも治らないだろう。みんなと一緒に勤務させて復職を目指したほうがいい」との鶴の一声で、Aは警務係(一般企業の庶務に相当)で軽勤務に当たることになりました。このとき、K署の警務係には、警察学校を卒業したばかりで、その後柔道の稽古中に骨折した若い警察官Bが同じく軽勤務をしていました。ところが、AはこのBを他の警察官のいないタイミングで理不尽にいじめ抜きました。そして、精神的に強いダメージを受けたBは、退職してしまったのです。これによってAは、再び「他の職員と一緒にできない」と認定され、最上階の個室に戻されました。そして最終的には「回復の見込みなし」として退職していきました。なんとも救われない話です。


淺利 大輔

あさり だいすけ

行政書士淺利法務事務所 代表

私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。

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