物的証拠がないと警察は告訴状を受理しない?
警察の告訴状受理のハードルは高いと言われますが、物的証拠が無くても告訴は可能です。
私自身、刑事時代にこんな事件の告訴を受け、犯人を逮捕して懲役に行っていただきました。犯人は建設会社の社長で、被害者が経営するスナックに「国境なき医師団の医師」だと言って通っていました。被害者や周囲の常連客に、医師として海外で難民の治療に当たっているなどの話をしてすっかり医師だと思い込ませていました。あるとき犯人が来店した際、「国境なき医師団の海外活動での資金が一時的に不足して困ってる。すぐに返すので1,000万円貸してくれないだろうか」と言われ、本物の医師だとすっかり信じて尊敬していた被害者は、犯人の指定した口座に1,000万円を振り込んでしまいました。ところがその後犯人は突然店に来なくなり、電話にも出なくなったので調べたところニセ医者だとわかり、警察に相談に来たのでした。
私が日本医師会と国境なき医師団の日本支部に照会したところ、犯人は医師免許を持っておらず、国境なき医師団の医師でも関係者でもないことが確認できました。そこで私は悪質な詐欺事件と判断して告訴を受理するとともに捜査を開始しました。しかし、犯人は医師の名刺を配ったわけではなく、借用証も領収書もなく、もちろん録画や録音もありません。物的証拠と言えるものは何もありませんでした。
幸い、常連客の中に捜査に協力してくれる方がいたので、その方から犯人が医師だと言っていた状況についての供述調書を作成しました。また、犯人は被害者とメールのやりとりをしていたので、被害者の携帯電話機からデータを抜き取り、医師に関する話題を抽出して解析報告書を作成しました。騙し取られた1,000万円については、犯人の口座からほぼ全額が下請け業者へ送金されていたことが判明し、使途先も明らかにしました。
こうした捜査結果を持って検事相談に行ったところ、いくつかの宿題(追加捜査の警察隠語)をいただきましたが、最終的にゴーサインが出され、住居不定だった犯人を探しだし、逮捕して送致しました。当初犯人は、私の取り調べに対し、「酔っ払っていたので医者だと言ったかどうか覚えていない」などと否認しましたが、被害者が記憶していた騙しの文句やメールの文書などの証拠を少しずつぶつけていきました。初めはのらりくらりしていた犯人でしたが、私が「今、アフガニスタンに来ています。ひどい状況です。必死に子どもたちの治療に当たっています。」との内容のメール文書を読み上げ、「このメール覚えているよね。これ読んだら誰だってあなたが医者だと思うよね?」と言ったとき、犯人は苦笑いしながら同時に泣きそうな顔になりました。どんな役者でもあんな表情はできません。あれから10年近く経ちますが、あのときの犯人の顔は今でもはっきりと思い出せます。結果として犯人は、「医者だと嘘を言ってお金を騙し取り、督促されていた下請け会社への支払に使いました」と認めました。そしてその供述調書に署名させることもでき、公判請求から有罪へと持って行くことができました。
このように借用書や領収書のような物的証拠が全く無い詐欺事件でも、刑事のやる気と工夫次第では犯人の処罰は可能です。もしも告訴相談で刑事に「物的証拠がないので受理できない」と言われたら、このQ&Aを読んでもらってください。
淺利 大輔
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。