警察捜査の今昔:1990年代と2020年代の違い【元刑事が解説】
現代の日本は街中に防犯カメラがあふれ、重大事件が発生しても「リレー方式(カメラの追跡)」によって短期間で犯人が特定・逮捕される時代になりました。今後、街頭犯罪の検挙率はさらに上がっていくでしょう。
反面、ネットを利用したサイバー犯罪は増加の一途をたどっており、法改正や新たな捜査手法の開発が追いついていないのが現状です。特殊詐欺の「かけ子」にいたっては、拠点を国内から東南アジアなどの国外へ移しており、日本の警察単独では対応が難しいケースも増えています。
今回は、私が刑事になった1990年代の「超アナログな警察捜査」の状況を振り返りながら、現代のデジタル化された捜査との違いを元刑事の視点で解説します。
1. 90年代の防犯カメラ事情:画質はカクカク、記録はVHS
今でこそコンビニや駅、主要交差点へのカメラ設置は常識ですが、90年代当時に防犯カメラがあったのは銀行などの金融機関くらいでした。
当時の防犯カメラの性能や運用環境は、現在とは大きく異なります。
- 設置台数の少なさと画角: ATMごとの設置ではなく、店内の天井に2〜3台あるのみ。広角撮影のため、犯人の顔をピンポイントで捉えるのは困難でした。
- 録画媒体はVHSテープ: 10日〜2週間程度で上書きされてしまうため、犯行から1ヶ月が経過して被害届が出されたケースでは、すでにデータが消えており調べようがありませんでした。
- 極めて低い解像度: 画像をいくら拡大して印刷しても、画面がカクカクしてしまい、犯人がメガネをかけているかどうら判別できないレベルでした。
目撃者の確保が最優先だった「地道な捜査」
カメラが頼りにならない時代、犯罪が発生した際に最も重要だったのが目撃者の確保です。 犯人の顔をはっきり見ている人がいれば、似顔絵の訓練を受けた刑事が取調室で話を聞きながら、色鉛筆で犯人の似顔絵を描いていました(※この手法は現在でも行われています)。
また、犯行場所付近の住宅を刑事が一軒ずつ訪ねて地道に話を聞き回る「地取(ぢどり)捜査」が、当時の捜査の基本であり主軸でした。
2. 捜査書類は「すべて手書き」から「私物ワープロ」の時代へ
現在、警察の書類(供述調書など)はパソコン作成がほとんどで、手書きの捜査書類はほぼ姿を消しました。しかし、当時はすべてがボールペンによる手書きでした。 1枚の紙に文字を書き進め、ページの終わり際で重大な間違いに気づき、破って捨てて最初から書き直す……といった光景は日常茶飯事でした。
刑事の間で大流行した「文豪ミニ」
私が刑事になって少し経った頃、刑事の間で「ワープロ(ノートパソコンとプリンターが一体化した文書作成専用機)」が流行し始めました。驚くべきことに、これらはすべて自費での購入です。
当時、警視庁の刑事たちの間で特に人気が高かった機種がNECの「文豪ミニ」でした。東芝やカシオの機種を使う人もいましたが、メーカーが異なると互換性がありません。フロッピーディスクで書式のやり取りを行うため、利用者が圧倒的に多い「文豪派」が捜査効率の面でも有利だったのです。
【当時の刑事の裏話】 ワープロの印刷にはカセットテープ形状のインクリボンを使用しますが、これがすぐに消耗します。節約志向の刑事はリボンを裏返して再利用していましたが、一度印字された部分はインクが出ないため、文字が掠れて見栄えが非常に悪くなるという「ワープロあるある」もありました。
3. 2000年代: Windows Meの悲劇と情報流出による「公用PC」への転換
ワープロの時代は短く、2000年代に入ると若い刑事を中心にノートパソコンを購入する人が増えていきました(これも自費購入です)。
当時はまだインターネットが電話回線の時代。署内の電話線を引っこ抜いてパソコンに差し込んでネット接続していたため、外部からその番号に電話をかけると常に「話し中」になり、苦情が来ることもありました。
また、当時のOSはフリーズや強制終了の多さで悪評高かった「Windows Me」。うっかりデータの保存を忘れると、3時間かけて入力したエクセルデータが一瞬で消え去るという悲劇が多発していました。
私物PCの制限と「公用ノートパソコン」の導入契機
この時期、警視庁のある所属で重大なセキュリティ事故が発生します。 ある捜査員が私物の外付けハードディスク(HD)に捜査情報を保存し、自宅に持ち帰って私物PCに接続して仕事をしていました。しかし、そのPCにファイル共有ソフトが入っていたため、HD内の捜査情報が流出。大量の個人情報がネット上に拡散されてしまったのです。
この大事故を契機に、警察内での私物パソコンの使用が厳しく制限され、捜査員への公用ノートパソコンの支給(デジタル化)が一気に加速することとなりました。
4. 現場写真の変化:白黒フィルムからデジタルカメラへの過渡期
事件現場を撮影するカメラの進化も劇的です。私が刑事になった頃はデジタルカメラなど実用化されておらず、フィルムカメラ(しかも白黒)が主流でした。
- 現像は署内の暗室で: 捜査の秘密保持(秘密保全)の観点から、現像は署内にある暗室で鑑識課員が手作業で行っていました。
- カラー化への過渡期: 途中でカラーフィルムに移行したものの、署内では印刷できないため、本部の鑑識課にフィルムを送って現像してもらう手間がかかっていました。
その後、デジタルカメラが支給されるとフィルムカメラは衰退していきましたが、初期のデジカメは画質などの性能が悪く、職人気質の鑑識課員の中にはあえてフィルムカメラを使い続ける人もいました。
5. カーナビもマップもない時代の出張捜査
2000年代後半くらいまで、なんと警察車両にはカーナビゲーション(カーナビ)が搭載されていませんでした。
近場なら問題ありませんが、他県への出張捜査(遠方への追跡や裏付け)の際は一苦労です。 事前に紙の地図を開き、 「国道○号線 ⇒ ○○交差点を右折 ⇒ ○○IC ⇒ ○○出口 ⇒ ○○交差点を左折……」 といったルートを紙に手書きでメモし、それをハンドルの近くにセロハンテープで貼り付けて車を走らせていたものです。
まとめ:SNSとGoogleマップが変えた現代の警察捜査
現代の捜査環境は、当時からは想像もつかないほど便利になりました。
SNSの台頭により、犯人の名前さえ判明すれば、ネット検索で鮮明な顔写真が手に入るだけでなく、普段出入りしている場所、行きつけの店、趣味、乗っている車の車種までが一瞬で特定できるケースもあります。昔であれば、よほどの有名人でない限りネット検索で個人情報がヒットすることなど皆無でした。
さらに、Googleマップ(ストリートビュー)の登場により、わざわざ現地に赴かなくても、オフィスのパソコン画面上で現場周辺の地理的な状況や導線を詳細に把握できるようになりました。
アナログからデジタルへ。時代と共に犯罪の形が変わるように、警察の捜査手法もまた、目まぐるしい進化を遂げています。
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淺利 大輔
あさり だいすけ
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、2024年6月までの32年間、警視庁警察官として勤務し、そのうち25年間を刑事として告訴・告発事件の捜査に携わってきました。
中でも、告訴・告発を中心に扱う知能犯捜査の経験が最も長く、数多くの事件で、実際に告訴状・告発状を受理し、捜査を進めてきました。
刑事部捜査第二課在籍時には、警視庁本庁舎(霞が関)の聴訴室において、告訴状を持参される弁護士の先生方と日々向き合い、
「事件として受理すべきか」「問題点は何か」
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