知能犯刑事になるには
知能犯刑事には、銀行の取引明細を見てお金の流れが読めて、会計帳簿が読めて、小切手や手形の仕組みを知っていて、選挙違反を理解し、業務上横領と背任の見分けがつき、贈収賄事件情報収集ができ、詐欺事件を捜査し、そして何より告訴・告発事件を正しく受理して迅速に処理できる能力が要求されます。そんな知能犯刑事になるには、実は何の講習も資格も必要ありません。それまで盗犯係にいて、毎日ひたすら泥棒を追いかけていた刑事がある日突然、「淺利、明日の朝、知能犯係命免(その係への異動を通達されること)だから、8:30に署長室前な。」たったこれだけで、知能犯地獄入りが確定です。私もそうでしたが、一応刑事講習で刑事の一通りの仕事は教わりましたが、小切手や手形のことなど教えてくれませんし、銀行取引明細の見方さえ教えてもらっていません。
知能犯係に入り挨拶すると、係長から「淺利の担当これな」といってロッカーの一角を指さされました。そこには紙ファイルや紙箱に入った事件書類がどっさり置かれていました。4件分の告訴事件が私の担当として、前任者から申し送られたことになります。一番上にある告訴状から読み始めますが、書いてある言葉がわかりません。そのたびに辞書を引いたり、イミダスを読んだり、刑法の参考書を読んだり、ときには図書館に言って本を読んだこともありました(今と違ってインターネットが一般的ではなく、携帯電話も通話とメールしかできなかった時代です)。そんな感じですから、事件内容を理解するだけで精一杯で、捜査するとなると何をどうしたらいいのかさっぱりわかりません。
そこでベテランの酒好き係長に質問するのですが、「俺が若いときにはなあ、いろいろ本を読んだり、先輩に聞いたりしてなあ・・・」という感じで、肝心な質問事項に答えてくれず、ひたすら精神論的なお話をされるばかりで、全く役に立ちませんでした。ちなみにこの酒好き係長は、飲みに誘うとき「淺利、1時間、1時間だけだから一緒に来い!」が決まり文句なのですが、実際に1時間で終わったことは一度もなく、午前1時を過ぎることが珍しくなく、私の心の中ではこの係長を「1時間じゃなく1時ジジイ」と呼んでいました。
こんな感じですから、料理の世界でいえば、洋食屋の料理人を連れてきて、教えもせずにいきなり寿司を握れというようなものですからたまったものじゃありません。警察を辞めたいと思ったことは何度もありましたが、この知能犯入りたての頃も毎日辞めたくて、転職先を考えたり、小説を書いて投稿したり、いろいろともがいた時期でした(余談ですが、この頃久我久志の名前で書いた「第二特捜」という警察小説が江戸川乱歩賞の一次選考を通りました。賞を取るのは無理でも、どこかの出版社からお声がかからないものかと思いましたが無理でした)。
そんな私でも、ゆっくりかたつむりが這うくらいの速度で知能犯の仕事を覚えていき、5、6年経って捜査二課の聴訴室に行った頃には、何とか一人で告訴事件を受理して捜査し逮捕状請求ができるまでに事件をまとめることができるようになっていました。
淺利 大輔
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。