選挙ポスター破りと3人の刑事【元警視庁刑事のコラム】

 選挙ポスター破壊事件の捜査記録|刑事の奮闘と意外な結末

元刑事が語る、ある選挙期間中に発生した事件の捜査記録です。某署で刑事をしていた頃、掲示板に貼られた候補者の選挙ポスターが連続して破壊される事件が発生しました。単発の破損や落書きは選挙のたびに発生するものの、今回は狭いエリア内で5~6枚が連続して破られており、同一犯による犯行の可能性が高いと考えられました。

防犯カメラ解析で浮かび上がった容疑者

捜査の第一歩として、専門の刑事が防犯カメラの映像を徹底的に解析。リレー方式で映像を追跡し、一人の不審人物が浮かび上がりました。それは、70歳代の一人暮らしの男性でした。

この男性は、毎晩23時過ぎに徒歩で家を出て、市内を7~8キロにわたりゆっくりと歩き回り、明け方近くに帰宅するという謎の行動を繰り返していました。我々刑事チーム3名は、この男性の行動確認を行い、選挙ポスターを破る瞬間を現行犯逮捕する方針で捜査を開始しました。

深夜の張り込みと容疑者の不審な行動

夜間の捜査のため、我々刑事の生活は昼夜逆転し、毎晩出勤し翌朝に帰宅する日々が続きました。男性は雨の日も風の日も深夜0時近くに家を出発し、ひたすら歩き続けます。歩くスピードが非常に遅いため、尾行する際には一定の距離を保ちつつ、追いつかないよう慎重に歩く必要がありました。

さらに、彼は自動販売機を見つけると必ず釣り銭口に指を入れ、取り忘れた小銭を探している様子でした。しかし、警戒心は皆無で、振り返ることはほとんどなく、尾行自体は比較的容易でした。

捜査の進展と予想外の展開

張り込みを続けるうちに3日目、4日目と日数が経過しました。しかし、男性が選挙ポスターを破る場面には一向に遭遇しません。それどころか、ポスター破りの被害自体もぴたりと止まってしまいました。

実は、選挙違反の摘発は珍しく、たとえポスター破りという公職選挙法違反(自由妨害)であっても、検挙すれば刑事としての評価につながります。我々3名は、次第に「早くポスターを破ってくれ」と願うようになっていました。しかし、期待をよそに、男性はただ黙々と歩くだけで、選挙ポスターには一切手を触れませんでした。

迎えた最終日と意外な結末

そして迎えた投票日前日の深夜。我々にとって最後のチャンスとなるこの日、慎重に尾行を開始しました。男性の行動ルートは毎晩ほぼ同じで、我々はすでに周囲の景色にも飽きていました。そして明け方、男性はポスターに触れることなく、そのまま帰宅。

こうして、何の手柄もなく我々の捜査は終了。上司からの慰めの言葉もなく、選挙本部は解散となりました。結局、この事件は「何も起こらなかった」という結末を迎え、読者の皆様には物足りないかもしれません。しかし、刑事の仕事とはこうした地道な捜査の積み重ねでもあるのです。

まとめ|選挙期間中の違法行為と刑事の役割

今回の捜査では、最終的に犯行の決定的証拠はつかめませんでした。しかし、選挙期間中には公職選挙法違反となる行為が発生することがあり、刑事たちは日々、その摘発に奔走しています。本記事では、刑事のリアルな捜査現場の様子をお伝えしました。

選挙ポスターの破壊行為は、民主主義の根幹を揺るがす犯罪です。選挙の公正性を保つためにも、市民一人ひとりが法律を守り、適切な行動をとることが求められます。


淺利 大輔

あさり だいすけ

行政書士淺利法務事務所 代表

私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。

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