警視庁刑事部捜査第二課聴訴室
霞が関の警視庁本庁舎の1階に「警視庁刑事部捜査第二課聴訴室」があります。警視庁の警察官でも知っている人はごく少数です。まして警察や検察以外の方で知っているのは、東京で刑事事件を多く扱う弁護士先生くらいでしょうか。この「聴訴室」について説明します。なお、私が勤務していたのはもうかれこれ15、6年前のことなので、現在はだいぶ変わっているかもしれません。
聴訴室は、告訴・告発(以下告訴のみで表記)の相談に応対し、受理が相当と認められる告訴事件を受理する部署です。私がいた頃の体制は、警視の室長を頭に警部の係長1名、警部補の主任が5名、巡査部長刑事が3名、合計10名体制でした。捜査第二課主幹ですので、応対する事件は詐欺、横領、汚職、選挙、偽札、有価証券偽造などの知能犯事件だけです。殺人、強盗、性犯罪などの強行犯事件は捜査第一課、窃盗事件は捜査第三課が応対していました。
受理した告訴事件は、捜査第二課が頭になって捜査すべきような大型事件を除き、原則として発生場所を管轄する警察署に移送して処理を委ねていました。聴訴室自体は、告訴事件を受理するだけであり、受理判断のための初期捜査はするものの、受理後の捜査はしません。よって、捜査第二課で捜査すべき告訴事件の場合は、通称「センター」と呼ばれる部署に引き継いでいました。これはあくまでも警視庁の場合であり、道府県警は相談しか受け付けず、受理・不受理は管轄警察署に任せるところもあるようです。
相談に来るのは、官公庁の職員か弁護士がほとんどでした。警察署ではなく、聴訴室に来るのはそれなりに理由があり、社会的政治的に非常に重大な事件であったり、被害額が極めて多額であったり、関係者が著名人であったり、被害者が全国に多数いる事件であったり、事件内容が極めて複雑又は特異で弁護士でさえ何罪に当たるのかわからなくて来る事件もありました。警察署で扱うような「知り合いに10万円貸したら返してくれない」とか「店の従業員に売上金5万円を持ち逃げされた」とかのレベルとは大違いなものばかりであり、1件1件がものすごく重いものばかりでした。
なので、聴訴室内の電話が鳴ると、一瞬そこにいる刑事たちはお互いに顔を見合わせ、表情や顔を動かして「さっきは俺が出たから今度はおまえ出ろ」といった無言の会話を交わしたものです。電話はほとんどの場合、正面受付からで、電話に出ると「正面受付です。詐欺で告訴したいと言ってる弁護士さんが4名来ています。」などと言われます。こう言われると、がっかりして「はあ」とため息をつきながら部屋を出て受付に向かいます。
受付で来訪者と接触すると、1階都民ホールにある応接室に案内し、さっそく話しを聞きます。ほとんどの場合、最低でも10センチサイズのファイル1冊程度の資料を持参してきています。弁護士先生は非常に難しい法律用語を使われることが多く、遠慮せずに尋ねるとほとんどの先生は親切に教えてくれました。
相談は1時間程度で終わることもあれば、3時間近くかかったこともありました。室長からの指示で、相談途中で最低1回は途中報告に行くことになっていましたので、ある程度事件概要がわかれば室長に報告に行きました。室長からは「じゃああとはこれとこれを聞いて再調にしろ。」などの指示を受けました。
告訴事件は、内容が複雑、難解なものがほとんどであり、1回話しを聞いただけでその場で受理・不受理の判断をするのは極めて困難であり、初回は概要の説明を聞いた後、告訴状や資料のコピーを作成・受理し、原本は検討中ということで持って帰ってもらっていました。これは警察署の扱いでも同じです。相談扱い終了後には告訴告発事件管理システムにより書類を作成し、捜査第二課長までの決裁を受けます。
相談受理した告訴事件は、聴訴室でやれる範囲で初期捜査をします。聴訴室勤務員は基本的に庁舎の外に出ての捜査は禁じられていたので、捜査関係事項照会書を発送して関係先に回答を求める捜査が中心です。具体的には被告訴人の身上照会や関係銀行口座の取引明細照会などです。
照会などの結果、ある程度事件概要が固まり、事件性が高く、告訴要件も具備されているとなると受理すべきと判断し、再びシステムで書類を作成し「受理予定」として捜査第二課長までの決裁を受けます。しかし、室長が簡単に印鑑を押してくれません。長いときは2時間近く(こちらは立たされたまま)、あれはどうだこれはどうだと尋問されます。その結果、印鑑を押してくれればまだいいのですが、2回に1回は押してくれず「やり直し」と言われ、書類を突っ返されていました。
苦労して告訴事件の受理が決まると、弁護士先生に電話して告訴状の原本を持参してもらい、正式に受理となります。弁護士先生は、告訴人から何十万円かの受理報酬が入ってくるので大抵ニコニコしてやってきます。
受理した告訴事件は原則として発生場所を管轄する警察署に移送するのですが、ここからは室長の出番となります。まず、発生場所管轄警察署の刑事課長に電話をかけるのですが、室長との力関係もあって、「うちは今忙しくてそれどころじゃない。」などと言われて断られてしまうときがあります。そうなると、室長は次の候補を探さないとなりません。発生場所警察がダメなら、次は被告訴人が住んでいる場所の警察署になります。そこがダメなら告訴人が住んでいる場所、といったように次々電話します。
受理警察署が決まると、事件チャートを作り、告訴状と添付資料を持ってその署に向かいます。歓迎してくれる署はどこにもありません。名乗って知能犯の部屋に入っていくと、中にいる全員からの鋭い視線が刺さります。全員の目が「何しに来たんだよ。」と言ってます。招かれざる客なので、お茶も出てきません。なるべく早く退散すべく、簡単に概要を説明して逃げるように署を後にします。
こうして1か月から3か月くらいかかって告訴相談1件を処理するのですが、1件の処理に対し、相談は2~3件くらい来ます。なので、常に処理中の告訴事件が刑事1人について十数件~数十件ある状態でした。
当時ある年配の主任が聴訴室の仕事を野球に例えて言った言葉を今でも覚えています。
「ここの仕事は守備だけの野球みたいなもんだから。」
淺利 大輔
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。