危うく誤認逮捕しかけた件【元刑事の経験談】
刑事にとって一番の失態は「誤認逮捕」です。「誤認逮捕」があれば、必ずマスコミによって大きく報道されます。さらに国家賠償請求されれば多額の賠償金を払わないとなりません。また、扱った刑事とその上司は、刑事処罰こそ受けませんが、減給等何らかの処分を受けることになります。さらに、もしも栄転や昇任が決まっていれば、取消しになることは間違いありません。 幸い、私も、私が所属していた部署や警察署でも「誤認逮捕」が起きたことはありませんでしたが、I警察署知能犯捜査係勤務時代、危うく誤認逮捕しかけたことがありました。
事件はこんな事件でした。あるパチンコ景品卸し会社の雇われ社長が、会社の現金数千万円を持ち逃げし、どこかに逃亡したという業務上横領事件でした。会社事務所の防犯カメラには、多額の現金を入れたカートを引いてどこかに立ち去る元社長の姿が写っていましたが、どこに向かったのかはさっぱりわかりません。すぐに逮捕状を請求して全国第一種指名手配をかけましたが、何ヶ月経っても居場所や足取りは全く掴めませんでした。そんな中、社員に対する聞き込みから、元社長には、愛人女性がいることがわかり、すぐに警察署に呼んで取り調べましたが「知りません。ずっと会っていません。」の一点張りで、何の情報も得られませんでした。しかし、他に探す方法もないので、この女性が住んでいるマンションの隣のマンションに監視カメラを取り付け、部屋の出入りを遠隔で監視することにしました。
当時私は、人員の関係で盗犯係の係長をしており、知能犯係に入ったときには、既にこの監視カメラは設置済みの状態でした。カメラは、愛人マンションの外通路と玄関ドア付近に向けてセットされていました。愛人の部屋は401号室で、画面の一番左、廊下の突き当たりの部屋ということでした。カメラは、この部屋のドアを真正面から撮影する向きになっており、誰かが出たり入ったりすればすぐにわかるようになっていました。
毎日、毎日、このカメラの画像を早送りして見ていると、あることに気付きました。この401号室の左側、カメラからは垂直面になっているので見えないのですが、もう一つドアがあり、たまに中年の女性が出入りするのです。対象の愛人の部屋は401号室で一番端の部屋ですから、その左側にさらに部屋がある訳がありません。そこで、私たち知能犯係員たちは、「倉庫か何かで、掃除のおばさんが掃除道具でも出し入れしているんだろう」と何とも勝手な解釈をしてしまったのです。※言い訳になりますが、私自身はカメラ設置時、盗犯係にいたので設置に関与しておらず、先任の係長から「この一番左のドアが愛人の部屋だからここだけ見といて」と言われ、何の疑念も持たずに信じてしまったのです。
カメラ設置後数ヶ月が経った頃、401号室に箱入りのサッポロ黒ラベルの缶ビールを担いで入る男の姿が写っていました。男は元社長と身長や顔などが似ていましたが、犯行から2年ほどしか経っていないのに、10歳ほど老けたように見え、画像からは元社長と断定できませんでした。男は2、3時間滞在して、立ち去りました。すぐに係員で会議を開きました。老けて見える理由については「2年間の逃亡生活でやつれたのだろう」と、ここでまた勝手な解釈が生まれました。さらには、この元社長の名前が「黒○」で、持ってきたビールがサッポロ黒ラベルであったことも「自分の名字が黒○だから、ビールも黒ラベルが好きなんだろう」とこれまた適当な理由付けをしてしまったのです。
数週間が過ぎ、この男は、ほぼ毎週、週末に来ることもわかり、「やはり、黒○に間違いない。次に来たら部屋に入って逮捕しよう」と作戦が決まり、その日から交代で現場の張り込みを開始しました。張り込みから数日後、私とK巡査部長が張り込み担当だった日、同じ男が現れ、再び401号室に入っていきました。私とK部長は走って階段を駆け上がり、息をはあはあ言わせながら玄関のインターフォンを押しました。女性の「どなたですか?」の問いかけに、少し強めの声で「I警察刑事課の淺利と言います。要件がありますのですぐにドアを開けてください。」と言うと、少しして怪訝そうな表情をした女性が玄関ドアを開けました。「今入った男を出してください。」私は警察手帳を見せながらそう言いました。女性は、困った顔になり「だ、誰も、き、来てませんけど」と否定しました。女性の態度に私は確信を深め、さらに口調を強めて「見ているんですよ、入るところを!」と言うと、女性は観念したのか、奥に向かって「○○さん、ズボン履いてちょっと来てちょうだい」と呼びました。何かいいことをする直前だったようです。すぐに男がズボンを引き上げながら現れました。私は上着ポケット内の逮捕状が入った封筒をすぐに取り出せるように位置を確認しました。
ところが、間近で見る男の顔は、元社長に似てはいるのですが、やはり年齢がずっと上に見えました。私はちらっとK部長の顔を見ましたが、その表情からは何も読み取れません。K部長も決めかねていたのでしょう。私は、「警察だけど、黒○さんだよね?」と問いかけました。すると男は「い、いや、○○だけど」と否定しました。しかし、男はおどおどした態度をしており、何かを隠しているように思えました。「じゃあ、免許証とか、何か名前わかるものある?」と言うと、男は一旦奥に下がり、運転免許証を持ってきました。見ると名前は「黒○」ではなく、全く違う名前でした。そこで女性に「この人の名前は?」と聞くと、免許証の名前を正しく答えました。再度まじまじと男性の顔を見ると、やはり年齢がだいぶ上です。いくら逃亡生活でやつれたとしても、ここまで老けるとは思えません。今度はこちらが困る番でした。もう一度K部長を見ると「やっちまったみたいですね」という表情をしています。私はできるだけ失敗を認めないよう威厳を保ちつつ「人違いだったようです。追っている男性とよく似ていたものですから。ご協力に感謝します。」と言って逃げるように部屋を出ました。そして廊下の突き当たりを見ると、カメラからは垂直面になっていて見えなかったところに、もう一つ玄関ドアがあったのです。つまり、私たちが何ヶ月も監視して押し入った部屋は401号室ではなく、402号室だったのです。入るときには、指名手配犯人を逮捕することで頭がいっぱいで私もK部長もこのドアの存在に気付きませんでした。401号室も402号室も、どちらも同年代の見た目も似ている女性の一人暮らしだったのです。もしも、この男性が走って逃げようとしたら、私とK部長は間違いなく取り押さえて逮捕していたでしょう。今思っても冷や汗が出る思いです。
すぐに女性か男性から署に苦情の電話が入るだろうと、署に戻ってから上司に全て報告しました。しかし、待てど暮らせど電話はありませんでした。これは後でK部長と話し合ってたどり着いた結論なのですが、男性も女性も明らかにおどおどした態度でした。また週末だけビールを持って短時間滞在することや、女性が「ズボン履いてきて」と言ったことなどから、男性と女性は不倫関係にあり、それがバレるのが嫌で警察に苦情が言えなかったのだろうと推定しました。
その日以降、監視対象は垂直面ドアの「本当の」401号室になり、お掃除おばさんだと思っていた女性が愛人に変わりました。そして、奇跡的にその1週間後に本物の「黒○」がこの部屋に入ったので、無事通常逮捕することができました。
※現役の皆様へ:カメラを設置する際は、対象の場所を実査するか、それができない場合は建物の平面図を入手してください。遠くから見るだけでは、この事例のように、思い込みが重なってヤバい状況になることがあり得ます。
淺利 大輔
あさり だいすけ
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、2024年6月までの32年間、警視庁警察官として勤務し、そのうち25年間を刑事として告訴・告発事件の捜査に携わってきました。
中でも、告訴・告発を中心に扱う知能犯捜査の経験が最も長く、数多くの事件で、実際に告訴状・告発状を受理し、捜査を進めてきました。
刑事部捜査第二課在籍時には、警視庁本庁舎(霞が関)の聴訴室において、告訴状を持参される弁護士の先生方と日々向き合い、
「事件として受理すべきか」「問題点は何か」
その現場の判断基準を、実務の中で徹底的に学び、鍛えられてきました。
だからこそ私は、警察が何を重視し、どこを見て告訴状を判断するのかを、初期段階から具体的に想定しながら作成することができます。
告訴・告発事件については、刑事の中でも専門性を持って取り組んできた分野であり、強い自負があります。
現在は、千葉県犯罪被害者支援センター会員として、
「費用面で弁護士への依頼をためらっている方」
「警察に何度も相談したが、前に進めずにいる方」
そうした犯罪被害者の力になりたいとの思いから、行政書士として告訴状・告発状の作成支援を行っています。
実際に、
「告訴、受理されました。淺利さんにお願いして本当に良かったです」
というご連絡をいただく瞬間が、何よりの喜びであり、この仕事を選んで良かったと心から思う瞬間です。
警察の内側を知る行政書士として、
“受理される可能性を高める告訴状・告発状”を、本気でサポートします。


