なぜ警察は告訴状を受理したがらないのか
元刑事としてお答えしにくいのですがこれは事実です。以下に理由を説明します。
告訴を受理すると、警察はその事件の送致義務を負うので、必要な捜査をして、事件を必ず検察庁に送致しないとなりません。つまり告訴はある意味「捜査(送致)命令書」のようなものなのです。誰でも命令されるのは嫌なものだと思います。
犯人が誰でどこにいるのかわかっており、逃亡や証拠隠滅のおそれがあれば、裁判所に行って逮捕状と捜索差押状を取り、逮捕とガサをして検察庁に送致することになります。
「犯人が誰かわからない又は誰かはわかっているがどこにいるかわからない」といった場合は、時効成立近くまで、警察は犯人を探し続けなければなりません。時効は、罪名によって異なり、器物損壊罪のような比較的軽い罪で3年、詐欺・窃盗は7年、傷害は10年となっています。これだけの期間犯人を追い続けなければならないのはかなりの業務負担です。
受理した告訴事件で、告訴人と被告訴人とで示談が成立し、告訴人が取消状を提出することがあります。しかし、取消しがあっても警察の送致義務は消えません。受理した以上は何があっても送致しないとならないのです。しかも「捜査を尽くした」上でないと検察官は送致を受け付けてくれませんので、取消しがあったとしても被告訴人の取調べなど、必要なことは全てやらなければなりせん。これは、取消しがあったからといって検察官が公訴提起しないとは限らないためです(親告罪除く)。取消しがあったからと言って楽になることは少しもありません。
告訴事件を担当する刑事の仕事は、告訴事件の捜査だけではありません。毎日110番が何十件多い署では何百件と入り、忙しい署では毎日のように犯人が逮捕されて刑事課に連れてこられます。逮捕した場合、48時間以内に送致しないとならない(実際には48時間もない)ので、大急ぎで事件をまとめないとなりません。そして送致で事件は終わりではありません。送致後は検察官から「あれやれ。これやれ。」の電話攻撃が入りますので、勾留満期までの約20日間はその事件にかかりきりになることもあり、その間告訴事件の処理は停滞または停止します。
さらにここに変死が入ってきます。変死とは、ざっくり言うと、病院に入院中の患者が医師に看取られて亡くなった以外の死亡者の取り扱いになります。変死の扱いは管内住民の人数が多い署ほど多く、以前私が勤務していた23区内のある署では、24時間に9体の変死扱いがあったことがありました。変死が入ると刑事はまず現場に行って死体発見現場の状況を詳細に調べます。そしてご遺体を署に持ち帰り、霊安室で詳細に見分して検視をします。現場の状況やご遺体に不審な点があれば、ご遺体は大学病院等で解剖となり、刑事はこれに立ち会わないとなりません。大学病院によっては、解剖後に解剖道具の洗浄までやらされることがあります。解剖等の結果、殺人や傷害致死事件となれば、捜査本部が設置され、刑事課員の何割かが専従することになります。普段告訴事件を担当する刑事が捜査本部に引き抜かれると、その告訴事件を担当する者がいなくなり、捜査本部が解散されるまで放置されることになります。そしてその間にも新しい告訴事件の相談がやってきます。
いかがでしょうか、現場の刑事がなるべく告訴を受理したくない心理が幾らかでもおわかりいただけたでしょうか?
淺利 大輔
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。