なぜ警察は告訴状・告発状を受理したがらないのか【元刑事が解説】
元刑事が解説!警察が告訴・告発を避ける理由
警察は告訴や告発の受理をできるだけ避けたがります。その理由について、元刑事の視点から詳しく解説します。
1. 告訴を受理すると発生する義務とは?
警察が告訴を受理すると、その事件について適切な捜査を行い、必ず検察庁に送致しなければなりません。つまり、告訴は警察に対する「送致命令書」とも言えるのです。
特に、被告訴人(容疑者)が明確な場合、警察が受理した時点でその人物は「被告訴人」となり、検察庁に送致が確定します。捜査の結果、犯罪が成立しないまたは告訴人の勘違いだったと判断されても送致しなければなりません。また、告訴人が告訴を取り消しても送致義務は消えないため、警察は慎重に対応せざるを得ないのです。
2. 警察の捜査負担と告訴事件の影響
犯人が特定されている場合、警察は逮捕状や捜索差押状を取得し、逮捕・捜索捜索を行った上で事件を検察庁に送致します。一方、犯人が不明または行方不明の場合、公訴時効が成立するまで犯人を捜し続けないとなりません。
公訴時効は罪名によって異なり、例えば:
- 器物損壊罪:3年
- 詐欺・窃盗:7年
- 傷害罪:10年
このように長期間にわたる捜査は、警察の業務負担を大きくします。
3. 告訴取り消し後も続く警察の義務
告訴事件では、告訴人と被告訴人の間で示談が成立し、告訴が取り消されることがあります。しかし、取り消しがあっても警察の送致義務は消えません。受理した以上、警察は捜査を尽くし、検察官に事件を送致しなければならないのです。
また、検察官が公訴を提起するかどうかは警察の判断ではなく、親告罪以外の事件では、告訴取り消しがあっても起訴される可能性があります。
4. 刑事の業務負担と告訴事件の優先度
刑事課の警察官は、告訴事件以外にも多くの業務を抱えています。例えば:
- 110番通報への対応:多い警察署では1日に数百件以上の通報が入る
- 逮捕案件の処理:48時間以内に事件を送致する必要がある
- 変死案件の対応:不審死や事件性のある死亡案件には詳細な捜査が求められる
特に変死案件は、刑事にとって大きな負担となります。現場での検証、遺体の搬送、霊安室での見分、必要に応じた解剖の立ち会いなど、多岐にわたる業務が発生します。解剖結果によっては殺人や傷害致死事件として捜査本部が設置され、刑事課員の多くが専従となるケースもあります。そのため、通常の告訴事件は一時的に放置されることも少なくありません。
5. まとめ:警察が告訴を受理したがらない本当の理由
告訴・告発の受理には、警察にとって大きな業務負担が伴います。受理すると:
- 必ず検察庁に送致しなければならない
- 公訴時効まで捜査義務が発生する場合がある
- 示談や告訴取り消しがあっても捜査を続行しなければならない
- 日々の業務(逮捕案件や変死対応など)との兼ね合いで処理が遅れる可能性がある
こうした理由から、現場の刑事はできる限り告訴を受理したくないのが実情なのです。
元記事
元刑事として説明します、警察は告訴・告発を徹底的に受理したがりません。その理由をお話しします。
告訴を受理すると、警察はその事件の送致義務を負うので、必要な捜査をして、事件を必ず検察庁に送致しないとなりません。つまり告訴とは警察に対する「送致命令書」と言えるものです。また、被告訴人が明示されている場合、受理と同時にその人は「被告訴人」となり、検察庁に送致されることが確定します(捜査の結果、犯罪をしていないことが明らかになっても送致されます。告訴人が告訴を取り消しても送致されます)。マスコミ用語で言えば「容疑者」です。人を一人(または数人)容疑者にするのですから、その審査は慎重に慎重を重ねる必要があると考えます。
犯人が誰でどこにいるのかわかっており、逃亡や証拠隠滅のおそれがあれば、裁判所に行って逮捕状と捜索差押状を取り、逮捕とガサをして検察庁に送致することになります。「犯人が誰かわからない又は誰かはわかっているがどこにいるかわからない」場合は、公訴時効成立近くまで、警察は犯人を探し続けなければなりません。時効は、罪名によって異なり、器物損壊罪のような比較的軽い罪で3年、詐欺・窃盗は7年、傷害は10年となっています。これだけの期間犯人を追い続けなければならないのはかなりの業務負担です。
受理した告訴事件で、告訴人と被告訴人とで示談が成立し、告訴人が告訴を取り消すことがあります。しかし、取消しがあっても警察の送致義務は消えません。受理した以上は何があっても送致しないとならないのです。しかも「捜査を尽くした」上でないと検察官は送致を受け付けてくれませんので、取消しがあったとしても被告訴人の取調べなど、必要なことは全てやらなければなりせん。これは、取消しがあったからといって検察官が公訴提起しないとは限らないためです(親告罪除く)。
告訴事件を担当する刑事の仕事は、告訴事件の捜査だけではありません。毎日110番が何十件、多い署では何百件と入り、忙しい署では毎日のように犯人が逮捕されて刑事課に連れてこられます。逮捕した場合、48時間以内に送致しないとならない(実際には48時間もない)ので、大急ぎで事件をまとめないとなりません。そして送致で事件は終わりではありません。送致後は検察官から「あれやれ。これやれ。」の電話攻撃が入りますので、勾留満期までの約20日間はその事件にかかりきりになることもあり、その間告訴事件の処理は停滞または停止します。
さらにここに変死が入ってきます。変死とは、ざっくり言うと、病院に入院中の患者が医師に看取られて亡くなった以外の死亡者の取り扱いになります。変死の扱いは管内住民の人数が多い署ほど多く、以前私が勤務していた23区内のある署では、24時間に9体の変死扱いがあったことがありました。変死が入ると刑事はまず現場に行って死体発見現場の状況を詳細に調べます。そしてご遺体を署に持ち帰り、霊安室で詳細に見分して検視をします。現場の状況やご遺体に不審な点があれば、ご遺体は大学病院等で解剖となり、刑事はこれに立ち会わないとなりません。大学病院によっては、解剖後に解剖道具の洗浄までやらされることがあります。解剖等の結果、殺人や傷害致死事件となれば、捜査本部が設置され、刑事課員の何割かが専従することになります。普段告訴事件を担当する刑事が捜査本部に引き抜かれると、その告訴事件を担当する者がいなくなり、捜査本部が解散されるまで放置されることになります。そしてその間にも新しい告訴・告発事件の相談がやってきます。
いかがでしょうか、現場の刑事がなるべく告訴を受理したくない気持ちが幾らかでもおわかりいただけたでしょうか?
淺利 大輔
あさり だいすけ
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。
