告訴事実の書き方11(文書偽造、行使罪)
文書偽造には、有形偽造と無形偽造とがあり、このうち文書偽造罪として処罰されるのは有形偽造だけになります。有形偽造と無形偽造との違いを説明します。もし、あなたが就職しようとして、履歴書に自分の本名や住所を正しく記載したとして、採用に有利になるように、本当は高卒なのに最終学歴欄に「東京大学法学部卒業」と記載して求人先に提出したとします。これは何罪になるでしょうか?
正解は無罪です。氏名等を正しく本名で記載し、内容のみ虚偽を記載した私文書を作成しても私文書偽造罪には当たらず、当然偽造私文書行使罪にも当たりません。こうした、内容だけ虚偽の文書は「無形偽造」と言われ、処罰の対象外となっています。口頭で幾ら嘘を言ってもそれだけでは犯罪に問われないのと同じと考えていいと思います。
では、私文書偽造と行使に当たるのはどういう場合かと言うと、他人名義の文書をその他人の同意や依頼もなしに作成して行使することです。具体的には、他人の氏名等を融資申込書に記載してサラ金会社に提出するような行為になります。この場合、氏名等が虚偽なので、文書内容の真偽は問題となりません。
どういう文書が文書偽造罪の対象になるかは、「権利、義務、事実証明に関する文書」となります。したがって、私が友だちになりすまして彼のお母さんに手紙を書き「お母さん、元気ですか。寒くなってきたのでかぜなどには気をつけてください。」とだけ書いても、何らの権利、義務、事実証明にも言及してませんので無罪ということになります。
文書偽造罪には「有印」と「無印」とがありますが、この場合の「印」とは印鑑だけのことではなく、作成者等の氏名の記載があるかどうかの違いです。文書偽造罪が問われる事件で「無印」の偽造文書が使われることは極めて希です。
公文書偽造罪には大きく分けて二種類あります。一つは作成権限のある公務員が内容虚偽の公文書を作成する場合。もう一つは作成権限の無い者が、作成権限がある者しか作れない公文書を作成する場合です。
社員証を偽造して行使した場合の告訴事実作成例です。
告訴事実
刑法第159条第1項、同法第161条 有印私文書偽造、同行使
被告訴人は、令和6年5月上旬頃、山梨県山梨市内又はその周辺において、行使の目的で、ほしいままに、いずれかの方法により入手した山本印刷株式会社経理部近藤孝彦(告訴人)の社員証画像をパーソナルコンピュータ等で編集し、氏名欄の「近藤孝彦」の部分を「今村義男」に変更した上、これをプリンターを用いて用紙に印刷して今村義男名義の同社社員証を偽造し、同月13日午後1時0分頃、山梨県山梨市東山梨1丁目5番4号山梨中央銀行本店営業部において、同店営業部山本洋子(当時43歳)に閲覧させ、行使したものである。
解説
文書偽造罪は「行使の目的」が必要なので、事実中に「行使の目的で」が必須になります。偽造方法は、鑑定しないとわかりませんので、告訴段階ではわかる範囲で記載します。もし全くわからなければ「何らかの方法により」で構いません。
なお、文書偽造罪に行使の目的が必要なのは書いたとおりですが、文書偽造と同行使罪はそれだけで完結することは滅多になく、詐欺等本来の目的である犯罪の手段として行われることがほとんどです。
住民異動届を偽造、行使して虚偽の住民票登録をさせた場合の告発事実記載例です。
告発事実
刑法第159条第1項、同法第161条第1項、同法第157条第1項、同法第158条第1項 有印私文書偽造、同行使、電磁的公正証書原本不実記録、同供用
被告発人は、令和6年5月7日、東京都杉並区杉並本町2丁目3番5号所在杉並区役所において、行使の目的で、ほしいままに、同所備付けの住民異動届用紙の年月日欄に「6・5・7」、新住所欄に「杉並区杉並9丁目55番44号」、旧住所欄に「群馬県高崎市高崎5丁目5番1号」、世帯主欄に「枝川雅也」、本籍欄に「群馬県高崎市高崎5丁目5番地」、筆頭者欄に「枝川雅也」、届人欄に「枝川雅也」と記載し、その右側に「枝川」と刻印された印鑑を押捺し、もって枝川雅也作成名義の住民異動届1通を偽造した上、その頃、同所において、同区役所住民課係員今野弥生に対し、前記偽造にかかる住民異動届を真正に成立したもののように装って提出して行使するとともに、枝川雅也が旧住所の群馬県高崎市高崎5丁目5番1号から新住所である東京都杉並区杉並本町2丁目3番5号に転居した旨の虚偽の申告をし、よって、その頃、情を知らない前記今野係員をして住民基本台帳の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせ、これを真正なものとして備え付けさせて公正証書の原本としての用に供したものである。
淺利 大輔
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。