告訴事実の書き方5(詐欺1 無銭飲食)

 詐欺罪は、手口や態様が非常に多いため、今回は発生の非常に多い無銭飲食に絞って告訴事実の記載例を説明します。また、詐欺罪は刑法の条文の中でも「最も難しい罪種」と言われることもあります。難しい一端を次の事例で考えてみます。

例1

Aは、お金が無いのに、店員を騙してただで飲食しようと考え、飲食店に入って料理を注文して食べた後、店員のすきを見て逃走した。

例2

 Bは、お金を持っていて、支払もするつもりで飲食店に入り、料理を注文して食べた後、突然お金を払うのが嫌になり、「店員を騙して逃げよう」と思い、レジにいた店員に「ちょっと電話してくる。すぐ戻る。」と言って店員の承諾を得た上で店外に出てそのまま逃走した。

例3

Cは、お金を持っていて、支払もするつもりで飲食店に入り、料理を注文して食べた後、支払をしようとレジに行ったところ、近くに店員が誰もいなかったことから、とっさに「このまま逃げればお金払わなくていいじゃん」と考え、そのまま逃走した。

解説

 結論から言うと、例1のAは1項詐欺罪(金品の提供)、例2のBは2項詐欺罪(債務猶予という財産上不法利益)、例3のCは無罪となります。詐欺罪は、事件成立の条件が決まっており、その条件が充足されないと犯罪が成立せず、ただの民事上の債務不履行になってしまいます。

 詐欺罪成立の条件とは、

となります。

 例1で考えると、Aは最初から騙す気持ち満々ですので、店に入って店員に料理を注文する行為が欺罔行為になります。通常、店に来た客は飲食した後に料金を支払うのが当たり前ですから、店員は料金を払ってくれるものと思って注文を引き受けます。もしも、客がお金を持っておらず支払う気もないとわかっていれば注文を受ける訳はありません。つまりこの時点で騙されたことになります。そして、注文通りに客に料理を提供した時点で1項詐欺が成立し既遂になります。よってその後店から逃走したのは事件成立とは関係なく、逃げずにそのまま店内にいても詐欺罪の成立に影響はありません。

 例2は、料理を食べ終わるまでは料金を払うつもりだったので、この時点ではまだ犯行の着手はありません。しかし、逃げることを思いつき、レジで「ちょっと電話してくる。すぐ戻る。」と嘘を言ったことは欺罔行為であり、犯行の着手時期となります。そしてこれを信じた店員が、一時的であれ支払の猶予を与えたことは2項詐欺罪の「財産上の利益」を提供したことになり、錯誤による財産的処分行為と認められ、詐欺罪は既遂となります。

 例3は、Cはレジに行って店員がいないことに気付くまではお金を払うつもりでおり、気付いた時点で悪気を起こして逃走したものです。「食い逃げ」という点では例1例2と同じなのですが、詐欺罪に一番重要な「欺罔行為」つまり騙す行為がどこにもありません。当然、店側の誰も騙されてはいません。錯誤による財産的処分行為もありません。結果として例3は詐欺罪に必要な3つの条件が全て無いことになり、詐欺罪は完全に成立しないのです。

 詐欺罪(例1 1項詐欺無銭飲食)の告訴事実記載例です。

解説

 犯行日時は、入店から飲食終了後までとなります。注文を受けた店員が複数人いる場合は「同店店員山田花子(当時23歳)ら」として複数形にします。たまに「詐取」ではなく「騙取」とする記載を見ますが、「騙取」は昭和の時代の言い方で現在は「詐取」を使います。

詐欺罪(例2 2項詐欺無銭飲食)の告訴事実記載例です。

解説

 事例1の場合は、入店から飲食終了までを犯罪日時としましたが、本件の場合は、飲食後に犯行着手が始まっているため、中段以後に着手時刻を入れています。2項詐欺罪の場合は、結語が「詐取した」ではなく、事例のようになるので注意が必要です。


淺利 大輔

あさり だいすけ

行政書士淺利法務事務所 代表

私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。

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