偽造一万円札で買い物をしたら偽造通貨行使罪と同時に詐欺罪は成立するか【元刑事が解説】

 コンビニに行って100円のお菓子一つをレジに持って行き、店員にいかにも真正なお札だと見せかけて、カラーコピーした1万円札を差し出し、真正なお札だと思って(騙されて)受領した店員からお釣りとして現金9,900円を受け取った場合、偽造通貨行使罪が成立するのは当然ですが、同時に詐欺罪は成立するでしょうか。
 詐欺罪は、「人を騙す→騙された人がそれによって財物を任意で交付する→財物を受け取る」ことで成立します。受け取った偽札に価値は全くなく、コンビニ側は9,900円を丸々損することになります。そう考えると事例は正に詐欺罪にも当たると考えることができます。しかし、偽札行使が同時に詐欺にもなると大変困ることがあるのです。
 刑法の通貨偽造・行使の章には、152条に「取得後知情行使」という罪名があります。これは偽札と知らずに受け取った人が、後でこれに気付き、警察や銀行に届けないで、こっそりどこかで使った場合に成立する犯罪です。この犯罪の罰則は「使った偽札の額面の3倍以下の罰金又は科料」とされています。一万円札1枚使った場合なら、最高でもたった3万円の罰金ということです。通貨行使の罪の罰則が「無期又は3年以上の懲役」であることに比べると、著しく軽いものになっています。これは、うっかり知らずに偽札を受け取ってしまった人が、損をしたくないために、それを第三者に使うことは、心情としてわからなくもないから軽い処罰にしておこうという立法判断だと思われます。同じ横領罪でも、道ばたに落ちている物を拾って自分のモノにする遺失物横領罪(1年以下の懲役又は罰金・科料)が、業務上横領罪(10年以下の懲役)に比べてはるかに軽い罰則なのと同じです。
 しかし、もしも、偽造通貨行使が同時に詐欺罪も成立するとなると、152条の痴情行使罪を行った際にも同時に詐欺罪が成立することになります。一つの行為が二つ以上の罪名に当たる場合(観念的競合と言います)、罰則は重いほうが適用されます。詐欺罪の罰則は「10年以下の懲役」で罰金刑はありませんから、「3万円以下の罰金又は科料」という152条の極端に軽い罰則の意味が無くなってしまうのです。
 したがって、詐欺罪は偽造通貨行使罪に吸収されるとして、別個に成立しないというのが学説・判例の立場で、実務上もそのように執行されています。


淺利 大輔

あさり だいすけ

行政書士淺利法務事務所 代表

私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。

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