告訴・告発事件の移送【元刑事が解説】
1.管轄権問題
犯罪捜査規範63条により、告訴・告発はどこの警察署に提出してもいいことになっています。したがって、沖縄の離島で発生した事件を被害者が札幌の警察署に訴え出ても規定上は受理しないとならないことになります。そして、受理後は、受理した警察署で捜査できないまたは捜査することが適当でないときは、速やかに管轄署に移送すべきと同じく犯罪捜査規範69条で定められています。
では、実際にこうした手続が行われているかというと、自転車盗難や置き引き被害などの軽微な犯罪を除き、ほとんど行われていません。なぜかといいますと、警察社会には「受理責任」「認知署優先」という昔からの不文律(慣習)があるからです。これがどういうことかをもう少し簡単に言い換えますと、「事件を正式に受理したなら最後まで責任を持って処理すべき」「事件を知ったならその所属が処理すべき」ということになります。
したがって、前記の沖縄で発生した事件の告訴を札幌の警察署が仮に受理したとします。そして、札幌の刑事が沖縄に行って捜査するのはかなり大変ですから、沖縄の警察署に移送しようと思い、沖縄の警察署刑事課に電話して「そちら管内で発生した○○事件の告訴状を受理しましたので移送したいと思います」と行ったとします。すると沖縄の刑事は「こちらに断りもなく、勝手に受理されたのですから、そちらで最後まで責任持って処理してください。移送されても受け付けません。返送します。」とぴしゃりと言われてしまうでしょう。
では、こうなることを見越して、告訴人が相談に来た段階で沖縄に電話をして「こちらにそちらで発生した事件の告訴をしたいと言っている告訴人がいるのですが、事件として成立するような内容なので受理してそちらに移送していいですか」と話したとします。するとおそらく「勝手に受理されても困ります。告訴人に沖縄に行って直接相談するように言って説得してください」と言われるでしょう。沖縄としては、自分たちで処理する予定の無い札幌警察が責任がないことから軽々しく告訴を受理し移送されては困るので、告訴人と直接話して不受理にできる理由があれば不受理にして終わらせたい、との考えが働くからです。
以上のような警察内部の事情のため、結論として、管轄外の警察署に告訴状を持ち込むと「うちには管轄権がないので、管轄の○○県警察に行ってください」となるのです。これは県をまたぐ場合だけでなく、その県内の警察署同士の関係でも同じです。
2.被告訴人の住居問題
ネット上の名誉毀損などでありがちですが、告訴人が札幌にいて、被告訴人が沖縄に住んでいる場合の告訴を想定します。この場合、管轄権の問題はなく、また告訴人の利便性を考えても札幌の警察署が告訴受理するのが妥当ですから、札幌の警察署は告訴状の中身を読んで問題がなければ受理して捜査を開始します。名誉毀損罪は軽微な部類の犯罪なので、基本的に逮捕することはあまりなく、任意捜査が基本となります。そこで、ある程度捜査が進んだ段階で、被告訴人を札幌に取調べのために呼び出します。しかし、被告訴人から「お金がないので札幌まで行けません」「そちらから沖縄に来てくれれば取調べに応じます」と言われれば、刑事が沖縄に出張して、沖縄の警察署取調室を借りて取調べを行います。
取調べが終わり事件がまとまれば、札幌の警察署は、札幌地検に事件を送付(告訴事件の書類送致のこと)します。検察庁には、警察のような「受理責任」「認知署優先」といった不文律はないので、受けた事件を沖縄地検に移送します。沖縄地検では、被告訴人を呼び出して取調べ、起訴・不起訴を決定することになります。
淺利 大輔
あさり だいすけ
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。
