奇跡の大阪出張

 私が刑事になったのは1997年で、品川区にある大井警察署という比較的小さな警察署でした。刑事になって1か月経ったか経たなかった頃、管内で郵便局強盗がありました。犯人は中年の男で、局員に包丁をちらつかせて金を要求しましたが、失敗して逃げ出し、50メートルほど走った先で局員に取り押さえられて逮捕されました。犯人は大阪に住んでいた男で、地元でやればいいのになぜかわざわざ東京まで出てきて郵便局強盗をやったのでした。

 この犯人の出張裏付け捜査が私に回ってきました。大阪に行って包丁の購入先を確認し、勤め先の上司と会って勤務状況等の供述調書を作成してこい、というものでした。私にとっては初めての外泊出張で、供述調書も2回目か3回目で、とても緊張したのを覚えています。

 包丁の購入先はすぐ見つかり、店員から伝票か何かの控えの提出を受けたように思います。犯人の上司とは、大阪の南河内地区にあったマンションの一室で会いました。このマンションの部屋は、会社で寮として借りており、犯人に住まわせていたとのことでした。ここで、聴取を行い、翌日もう一度会ってその場で供述調書を作成して署名をもらって任務は完了しました。

 それから23年後の2020年、私は板橋警察署で知能犯捜査係の係長をやっていました。ある日、管内の宅配業者から電話があり、「空き家と思われる部屋に配送予定の荷物に多分現金が入ってます。」とのことでした。私は「またか」と思いました。というのは、この頃、宅配便で現金を送らせるやり方の振り込め詐欺が流行っており、受け取り役の犯人は「内覧」と嘘を言って不動産会社から鍵を借りて空きアパートの一室で待ち、宅配業者が荷物を持ってくると住人のふりをしてこれを受け取る手口でした。当時板橋警察管内では、この手口が多数発生し、宅配業者からの電話はこれで5本目くらいだったと思います。宅配業者了解の上で宅配物の包装を開けると、中から現金300万円が出てきました。

 さっそく、いつものように、届け先アパートの周辺で張り込みを行い、受け取り役が来るのを待ったのですが、バレてしまったのか犯人たちは現れませんでした。そこで、現金は被害者に返すことになり、大阪府内の発送者宅に電話をすると高齢男性が出て、「何かの未払金だとして請求されたので言われた住所に送った」とのことでした。電話の感じで少し認知症の症状が出始めた方かなとの印象を受けました。私は、騙されている旨を説明し、明日返しに行きたいと言うと、男性は特に驚いた様子も、喜ぶ様子もなく、淡々と「はい、わかりました。」と答えました。後で息子さんに聞いたところ、詐欺に騙されるのは2回目で、前回も200万円くらいを騙し取られ、そのときのお金は返ってこなかったとのことでした。

 翌日、私は一人で新幹線に乗って大阪に向かいました。現金を渡すだけの出張なので日帰りです。電車を乗り継ぎ、大阪府の南の端のほうにある市内の男性宅を訪ねました。70歳代のおとなしそうな男性が一人で住んでいました。私は再度事情を説明し、お金を数えて男性に渡し、還付請書に署名をもらいました。何か手土産でももらえるのかなと思っていましたが、お茶の一杯も出ませんでした。男性は、私の説明がわかっているのかわかっていないのか終始「はあ。はあ。」という感じでやはり初期の認知症が疑われる状態でした。長居は無用と10分ほどで退出しようとすると、男性が「ここまではどう来た?」と聞くので駅から歩いてきたと答えると「車で送っていくから乗ってけ。」と言います。私は、大阪の町中をのんびり歩いて帰りたかったので断ったのですが、どうしても送らせろと言うので仕方なく男性の車に乗りました。男性は、私が歩いてきたのとは逆の方向に進行し、右右と曲がり50~60メートル進んだところで、私は「はっ」と開いた口が塞がらなくなりました。なんと、男性の家と同じ区画、男性の家の真裏に23年前に供述調書を作成したあのマンションがあったのです。マンションは多少古くなっていましたが、大きな改修等しなかったのでしょうか23年前とほとんど変わらぬままでした。

 私は32年間の警察人生で大阪には3回出張しました。そのうちの1回目と3回目が、番地で言うなら大阪府○○市○○町○丁目○番まで同じだったのです。

 これは単なる偶然か、それとも「刑事成り立ての頃の気持ちを思い出せ。」との神様の啓示だったのでしょうか。あの男性がその後騙されてないことを祈るばかりです。


淺利 大輔

あさり だいすけ

行政書士淺利法務事務所 代表

私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。

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