警視庁の珍妙な不祥事対策|家庭訪問・パソコン検閲・家族写真・飲酒三原則
警察職員が事故や犯罪などの不祥事を起こすと、一般の公務員以上に大きく報道されることがあります。
警察官の不祥事が報道されると、その職員が勤務する警察署や所属には抗議の電話が相次ぎ、さらに警察の捜査に対する世間の協力が消極的になるなど、警察組織の運営にも大きな影響を及ぼします。
そのため、警視庁では警察官による不祥事が発生するたびに、再発防止を目的としてさまざまな対策を講じてきました。
しかし、その中には「そこまでやるのか」と思ってしまうような、かなり珍妙な施策もありました。
私は警視庁に32年間勤務し、そのうち25年間を刑事部門で勤務しました。今回は、私自身が警視庁職員として経験したものの中から、特に印象に残っている不祥事対策を紹介します。
※以下は、私が警視庁在職中に経験した事実に基づくものです。実施時期や運用方法などについては、当時の所属や時期によって異なる可能性があります。また、他県警で同様の施策が実施されていたかどうかについては承知していません。
1.警視庁の「家庭訪問」制度
警察官に対する不祥事対策として、かつて警視庁で実施されたものの一つが、職員の自宅を上司が訪問する「家庭訪問」でした。
きっかけとなったのは、ある男性職員の居住実態に関する問題でした。
その職員は、結婚して妻子と一緒に暮らしていると報告していました。しかし実際には、夫婦関係がうまくいかず、長期間にわたって別居。本人は届け出ている住所とは別のアパートを借り、そこで一人暮らしをしていたことが発覚しました。
その後も似たような事例が相次いだことから、警視庁は職員の居住実態を確認する必要があると考え、
「職員が届け出住所地に家族と一緒に居住しているか」
「単身者の場合、無届けで異性と同棲していないか」
などを確認するため、家庭訪問を実施することになりました。
誰が家庭訪問をしたのか
対象となったのは、警部補以下の職員です。
巡査・巡査部長については担当の警部補が、警部補については担当の警部が、それぞれ部下の自宅を実際に訪問して居住実態を確認するという仕組みでした。
年齢による制限はありません。
そのため、60歳の部下であっても、担当上司が家庭訪問をする必要がありました。
実施回数は当初、原則として年1回。
その後、定期異動時のみの実施に緩和されました。
今では小学校や中学校でも家庭訪問を行わない学校が増えています。
それにもかかわらず、大人である警察官の自宅を上司が訪問して生活実態を確認するという制度ですから、当時もかなり特殊な制度だと感じました。
私の自宅にも担当上司の警部が訪問することになり、妻にその話をしたところ、
「警察バカじゃないの!」
と、あきれていました。
警察隠語「天ぷら」による対抗策
この家庭訪問制度に対して、少なくない職員が取った方法があります。
警察内部では、実際にはやっていないことを「やったこと」にする、いわゆる「天ぷら」と呼ばれる方法です。
例えば、
「○月○日にお前の自宅を家庭訪問したことにするから、もし誰かに聞かれたら、俺が来たことにしておけよ」
という具合です。
ところが、この「天ぷら」による家庭訪問が上層部の知るところとなりました。
そこで講じられた対策が、さらに厳しいものでした。
家庭訪問をする際には、必ず公共交通機関を利用する。
その交通費は支給する。
そして、SuicaやPASMOの利用履歴を印字して提出する。
さらに手土産も支給するので、必ず部下本人に会って手渡す。
ここまでやれば、さすがに「家庭訪問をしたふり」はできません。
家庭訪問にどれだけの費用がかかったのか
警視庁には4万人以上の職員がいます。
当時、警部補以下の職員が3万人程度いたと仮定します。
仮に、
- 1人当たりの交通費:1,000円
- 手土産代:500円
- 対象職員:約3万人
とすると、
3万人 × 1,500円 = 4,500万円
となります。
もちろん、これはあくまで単純計算による試算であり、実際にこれだけの税金が使われたという意味ではありません。
しかし、警察官の居住実態を確認するために、これだけ大規模な仕組みが設けられていたことは事実です。
私自身も家庭訪問を経験した
当時、私は警部補になっていたため、私も担当する部下の自宅を訪問しました。
そして、反対に私の自宅にも担当上司が訪問してきました。
勤務日に行ってはいけないというルールだったため、自分も部下も休日に自宅を訪問することになります。
私の担当上司は町田市に住んでいたため、私の自宅がある足立区まで、片道2時間以上かけて電車で来ました。
お互いに貴重な休日を使っての家庭訪問です。
こうした「警察官の家庭訪問」制度は、その後も10年ほど続き、最終的には廃止されました。
2.警察官の「パソコン検閲」
警視庁で行われた不祥事対策には、職員の自宅パソコンを調べるというものもありました。
きっかけとなったのは、警察内部の情報流出事件です。
当時、ある所属の若い刑事が私物のハードディスクを職場に持ち込み、仕事で使用する大量の個人情報を含むデータを保存して自宅に持ち帰り、個人のパソコンに接続していました。
当時は、警察官が自費でパソコンを購入し、職場に持ち込んで使用することが珍しくありませんでした。
そのため、私物のハードディスクを職場に持ち込むことについても、現在ほど厳格な管理がされていませんでした。
ところが、その職員が当時流行していたファイル共有ソフト「Winny(ウィニー)」を利用していたことから問題が発生しました。
パソコンが暴露ウイルスに感染し、ハードディスクに保存されていた個人情報や捜査関係のデータが流出。
マスコミでも連日報道され、警視庁で大きな問題になりました。
自宅のパソコンにWinnyがないか調査
そこで幹部が考えた対策が、
「職員の自宅パソコンにWinnyがインストールされていないか調べろ」
というものでした。
当時、警視庁では職員が年1回「自己申告表」という書類を作成・提出していました。
その中に所有しているパソコンの台数を記載する欄があり、そこにパソコンを所有していると記載した職員が調査対象になりました。
調査方法も現在とは違います。
職員には、パソコンにインストールされているソフトを調べる簡易的なソフトが入ったフロッピーディスクが渡されました。
それを自宅のパソコンに入れて実行すると、インストールされているソフトの一覧が表示されます。
その一覧を印刷して提出するというものでした。
個人所有のパソコンについて、職場側がインストールソフトを確認するわけですから、当時の職員からすれば、まさに「パソコン検閲」のようなものでした。
Winnyを入れた覚えがない職員が続出
この調査をすると、Winnyがインストールされているパソコンがかなりの台数見つかりました。
そこで、
「Winnyをすぐに削除しろ!」
と、また大騒ぎになりました。
ところが、職員の中にはポカンとしている人も少なくありませんでした。
自分ではWinnyをインストールした覚えがないからです。
調べてみると、当時は一家に1台のパソコンという家庭も多く、高校生や大学生くらいの子どもがいる家庭では、子どもが親に内緒でWinnyをインストールしているケースがありました。
つまり、警察官本人が使用していないにもかかわらず、家族がインストールしていたわけです。
最終的に「パソコン0台」と申告する職員も
このパソコン調査は毎年行われました。
しかし、職員側も次第に対策を考えるようになります。
年1回の自己申告表に、
「パソコンは捨てました」
と記載して、所有台数を「0台」とするのです。
パソコンを所有していなければ調査対象になりません。
こうして、この調査は次第に実効性を失い、数年で廃止されました。
3.警察官に家族の写真を提出させる「人質写真」
さらに珍しい不祥事対策もありました。
あるとき、全署員に対して、
「子どもがいる人は子どもの写真」
「子どもがいない人は妻の写真」
「単身者は両親の写真」
を提出するよう指示がありました。
写真を提出すると、「今日も元気に帰ってきてね」といった趣旨の言葉を入れてラミネート加工され、本人に戻されます。
そして、その写真を警察手帳に入れて常時持ち歩くよう指示されました。
警察官による不祥事が続いていたことから、
「家族の写真を常に見ていれば、悪いことはできないだろう」
という発想だったのでしょう。
しかし、家族の写真は極めて個人的なものです。
それを職場に提出し、加工したうえで常時携帯するよう求められるというのは、少なくとも私には、家族を「人質」に取られたような、何とも複雑な気持ちになる施策でした。
4.警視庁の「飲酒三原則」
警察官の不祥事対策として、私が今でもよく覚えているものが「飲酒三原則」です。
警察職員による飲酒絡みの事故、例えば、
- ケンカ
- 痴漢
- 泥酔して保護される
- その他の飲酒絡みの不祥事
などがなくならないことから、警視庁では外で飲酒する際の職員申し合わせ事項として「飲酒三原則」を定めました。
内容は次の3つです。
- 二次会の禁止
- 2時間以内の飲酒
- 非番日(夜勤明け)の飲み会禁止
さらに、送別会や忘年会などの宴会を開催する場合には、上司の許可を得るという、事実上の許可制度まで設けられました。
「非番日の飲み会禁止」とは?
一般の方には、「非番日」という言葉が少し分かりにくいかもしれません。
警察では週に1回、あるいは勤務形態によってはそれ以上、宿直勤務があります。
宿直勤務では、変死体などを扱うことがあります。
その場合、翌日の夜勤明けに「お清め」と称して酒を飲むという習慣がありました。
しかし、警察の宿直勤務は、十分な睡眠を取れるとは限りません。
仮眠できたとしても、机で1時間程度うとうとするだけということもあります。
そのような状態で翌日に飲酒すれば、当然、酒が回りやすくなります。
そこで、非番日の飲酒が禁止されたわけです。
飲酒三原則を破ると処分されたのか
この「飲酒三原則」は、あくまで職員間の申し合わせ事項でした。
そのため、三原則を破っただけで直ちに処分されるというものではありません。
ただし、三原則に違反した結果、何らかの不祥事を起こした場合には、通常よりも厳しい処分の対象とするという扱いでした。
飲酒三原則は効果があったのか
飲み会に一定のルールを設けることで、飲酒事故に対する抑止効果はあったのかもしれません。
しかし、勤務時間外のプライベートな時間にまで行動を制限されれば、職員にとって窮屈なのは当然です。
一次会で盛り上がれば、カラオケやスナックなどの二次会に行きたくなる。
久しぶりに会った気の合う仲間なら、2時間などあっという間に過ぎる。
また、変死体を2体、3体と扱った後なら、「お清め」をしたくなる。
現場の警察官からすれば、必ずしも現実的なルールとはいえませんでした。
そのため、飲酒三原則も、やがて「あってないようなもの」になっていきました。
警視庁の不祥事対策は本当に効果があったのか
今回紹介した、
- 警察官の家庭訪問
- 職員の自宅パソコンの調査
- 家族写真の提出
- 飲酒三原則
はいずれも、警察官の不祥事を防止するという目的から考えられた施策でした。
しかし、不祥事を防止しようとするあまり、職員の私生活にまで踏み込んだり、現場の実情と合わないルールを設けたりすると、別の問題が生じます。
実際、家庭訪問では「天ぷら」による形骸化が起こり、パソコン検査では「パソコン0台」と申告する職員が現れるなど、制度を設ける側と現場の職員との間でいたちごっこのような状況も生じました。
警察組織は、一般の民間企業とは異なり、職員一人の不祥事が組織全体の信用に大きな影響を及ぼします。
そのため、不祥事防止対策そのものは必要です。
しかし、「不祥事を起こさせないためには何をすればよいのか」だけでなく、「その対策が現場で実際に機能するのか」まで考える必要があります。
今回紹介した施策は、現在の警察組織から見れば考え方や方法が大きく変わっているものもあるでしょう。
警察官の不祥事防止対策の歴史を振り返ると、組織がどのように不祥事と向き合ってきたのか、その一端を見ることができます。
○警察への告訴状・告発状の作成は元警視庁刑事の行政書士にお任せください。こちら
淺利 大輔
あさり だいすけ
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、2024年6月までの32年間、警視庁警察官として勤務し、そのうち25年間を刑事として告訴・告発事件の捜査に携わってきました。
中でも、告訴・告発を中心に扱う知能犯捜査の経験が最も長く、数多くの事件で、実際に告訴状・告発状を受理し、捜査を進めてきました。
刑事部捜査第二課在籍時には、警視庁本庁舎(霞が関)の聴訴室において、告訴状を持参される弁護士の先生方と日々向き合い、
「事件として受理すべきか」「問題点は何か」
その現場の判断基準を、実務の中で徹底的に学び、鍛えられてきました。
だからこそ私は、警察が何を重視し、どこを見て告訴状を判断するのかを、初期段階から具体的に想定しながら作成することができます。
告訴・告発事件については、刑事の中でも専門性を持って取り組んできた分野であり、強い自負があります。
現在は、千葉県犯罪被害者支援センター会員として、
「費用面で弁護士への依頼をためらっている方」
「警察に何度も相談したが、前に進めずにいる方」
そうした犯罪被害者の力になりたいとの思いから、行政書士として告訴状・告発状の作成支援を行っています。
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「告訴、受理されました。淺利さんにお願いして本当に良かったです」
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