的割り捜査と盗犯刑事の実績(警察署同士のケンカ)【元刑事のコラム】
大井警察署で盗犯係の部長刑事としてデビューして約1年後、管内に常習の泥棒コンビが住んでいるのを見つけました。二人は全く働いていないにもかかわらず、毎日のように大井競馬場に行って馬券を買っていました。絶対にどこかで泥棒をしているのは間違いありません。そこで「的割り捜査」といって、1日中二人を尾行して、泥棒の現場を押さえようということになりました。蛇足ですが、初めてこの「的割り捜査」という言葉を聞いた際、犯人にまとわりつくから「まとわり捜査」というのだと勘違いしていました。正解は、漢字を見ておわかりになるように、「的(ターゲット)」を絞って「割る」という意味です。
私のいた盗犯2係4人の刑事で尾行を始めましたが、二人は競馬場に行くときは点検(後ろを振り返って尾行する刑事がいないか確認すること)をしないのに、電車に乗って他の場所に行くときは点検が厳しく、度々尾行に失敗しました。発車間際の電車に乗ったと思ったら、ドアが閉まり始めてから降りることもありました。そうした厳しい点検に苦労しながら、的割り捜査を始めてから2か月近く経った頃にようやく泥棒現場を確認することができました。二人はいつも作業服を着ており、その格好で都内のあるショッピングモールに入り、電気売り場の倉庫からファックスなどの電気機器を堂々と肩に担いで盗み出し、店外に出るという手口でした。従業員とすれちがうときには軽く会釈して「ちわっす」とか何とか言って挨拶するので、従業員はトラックドライバーが商品を搬送しているのだと思い、全く不審に思っていないようでした。二人は店を出ると再び電車に乗り、秋葉原にある買い取り店に入っていき、出てきたときには電気機器はありませんでした。早速買い取り店に入って警察手帳を示し、買取台帳を見せてもらうと、あるわあるわ、二人組がここ数ヶ月で数十台もの電気機器を売りに来ていたことがわかりました。買い取った電気機器には、製造番号の記載があったため、先ほどのモールに確認すると、全てそのモールで仕入れた商品であることが確認できました。
すぐに建造物侵入と窃盗での逮捕状を取り、二人を「倉庫荒らし」の手口で通常逮捕しました。盗犯係の刑事にとって、実績を上げる、つまり手柄を上げるには泥棒を捕まえないとなりません。しかし、窃盗の手口には大きく分けて万引きや置き引きなどの非侵入窃盗と、空き巣や事務所荒らしなどの侵入窃盗があって、非侵入窃盗の泥棒は何人捕まえてもほとんど実績にならず、実績を上げるためには侵入窃盗の泥棒を捕まえないとなりません。二人組は、従業員以外立ち入り禁止の倉庫に勝手に入って盗みをしていたのですから、当然に「侵入窃盗」の「倉庫荒らし」として検挙原票を切って入力しました。被害にあったモールの店長からは、被害品全てについて被害届をもらい、これらについても倉庫荒らしの被害で認知原票を切って入力しました。これで大井署盗犯2係は倉庫荒らし犯人2名、余罪数十件という大きな実績を上げたのです。少々難しい話になりますが、刑事にとって一番大事なのは検挙率という数字です。例えば管内で泥棒被害が10件あったとして、そのうち3件の犯人を検挙すれば検挙率は30%となります。もし10件全部捕まえたとしても100%にしかなりません。ところが他署管内で発生した泥棒を検挙すれば、分母がないので検挙率は120%とか200%といった数字になり、大きな成果になるのです。
ある日、モールがあるA警察署の刑事課長から、大井署刑事課の課長代理席に電話が入りました。カンカンに怒っての抗議電話でした。話はこうです。A署の刑事課長が自署の侵入窃盗犯罪検挙率の数字を見ていたところ、それまで40%くらいだったのが、ある日突然半分の20%くらいまでに低下。何が原因か本部の刑事総務課に確認したところ、大井警察署でA署管内発生の倉庫荒らしで何十本もの被害認知を入れているのを確認。つまり、分母が倍近くに一気に増えたので検挙率が約半分に下がったわけです。これでは幾らがんばっても良い数字は出せず、自分も部下も評価されない。そこで犯罪手口を調べたら、営業中のモールの電気売り場に入って商品を盗んだだけだから「非侵入窃盗」の「万引き」だと言うのです。これに対して課長代理は、営業中であっても、倉庫は「部外者立ち入り禁止」と明示されたエリアであり、そこに入れば「侵入窃盗」だと返答しました。しかし、A署課長は納得せず「倉庫というのは、倉庫として建てられて独立した建物のことだ。営業中のモールは全体とし一つの建物だから、その中の一部エリアで侵入罪は成立しない」と主張しました。大井署の課長代理は「課長に相談します」と言って一旦電話を切りました。話を聞いた課長は課長代理の意見に賛成し、A署課長からの抗議に応じない態度を示しました。これに対してA署課長はさらに激高し、それから毎日のように抗議電話をかけてきました。たまらず課長代理が本部刑事総務課に電話して仲裁を求めたところ「そっちで話し合ってください」の一点張りで全くの不干渉でした。その後の私の警察人生でも、署と署がケンカ状態になったことが何度かありました。そうした場合、本部主管課に相談しても、毎回同様に「そっちで話し合ってください」で終わりでした。警察内部には(おそらくどこの官公庁にも)、部署間の争いを仲裁する部署が存在しないため、ケンカになると長期戦になり、決着しないまま終わることが多いのです。
A署課長からの抗議電話は2~3週間ほども続きましたが、最後はあきらめたのかかけてこなくなりました。せっかく大きな実績を上げたとはいえ、何とも後味が悪い思いをした事件検挙でした。
淺利 大輔
あさり だいすけ
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。


