ある刑事課長の依願退職【元刑事の回想】

 X署の刑事課で勤務していたときに、Z署の刑事課長からX署の刑事課長に異動してきた方がいました。某有名W大学の大学院を出て警察官になった方で、学歴としては優秀なのですが、警察官としての能力や適性には「?」が付く方でした。通常、警察署で刑事課長を務めると次の異動では本部勤務となることが多いのに、署から署に平行異動となったことがそのことを物語っていました。
 この刑事課長Pが異動してきてからすぐに、Z署で新たに刑事課長になった後任のQ課長からほぼ毎日のようにP課長宛に電話が入るようになりました。しかも長いと1時間を越えることも珍しくなく、P課長は責められて必死に弁解しているような印象を受けました。私は当時刑事に成り立てで、課長席にも近かったので、P課長不在時にQ課長からの電話を取ったことが何度かありました。その口調には毎回切迫感があり、ただならぬ感じを受けました。この異常な電話攻勢はすぐにX署刑事課内で噂になり、徐々に理由がわかってきました。
 P課長が異動になる数ヶ月前、Z署管内で男子大学生の変死事案があったそうです。P課長も現場に行って捜査した結果、死因は自殺として処理されました。しかし、現場には遺書などがなく、大学生の両親は「死ぬ理由が何もなく、他殺である可能性が高いから殺人事件として捜査してほしい」と申し出たそうですが、決定は覆らず「自殺、事件性なし」として処理は確定されました。それでも両親は諦めず、毎朝Z署の入り口前に立ち、出勤する刑事課長に再捜査のお願いをするようになりました。これはQ課長になった後も続き、困ったQ課長が事案の説明を求めてP課長に電話してきたというものでした。                    
 このような事案の場合、現代ならほぼ間違いなく司法解剖または新法解剖になるのですが、この大学生は解剖にならなかったようです。
 Q課長からの電話は数ヶ月続きましたが、ある日からピタリと止まりました。両親の毎朝の土下座をせんばかりのお願いに耐えきれず、精神的に限界を超えて依願退職されたということです。一方、P課長はX署での任期を終えた後、再び警察署の刑事課長として異動していきました。定年退職までその地位のままだったということです。


淺利 大輔

あさり だいすけ

行政書士淺利法務事務所 代表

私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。

Profile Picture