最初の巡査部長試験を三次試験で落ちた理由
私は、大卒で警察官になったので、警察学校を卒業して1年以上経った最初の年の巡査部長昇任試験を受けることができました。巡査部長試験は一次試験から三次試験まで3回あります。一次は5択SAのみ、二次は捜査書類と論文、三次は面接と教練、逮捕術でした。大卒1回目で受ける巡査部長試験は、一般三部という名前の特別枠で、同期生の約1割が受かるというもので、他の枠よりも合格率が高い上、これに受かると幹部候補生としてその後の昇任に有利とされていました。そこで、私も警察学校卒業以来、この試験合格に向けてほぼ毎日勉強を続けました。
そして、一次試験は合格しました。上司から論文の指導を受け、二次試験に臨み、これも合格しました。ここからは、勤務の合間に面接等の特別指導が始まりました。課長代理や課長が面接官役となり、毎日毎日、ドアの開け方から閉め方、敬礼の仕方、歩き方、椅子への座り方、質問への答え方、わからないときの答え方、退出の仕方等々、それは大変な訓練でした。あるとき、この訓練の中である課長代理(警部)から、こんなことを言われました。「淺利、もしも面接官から『君の課内での実績順位は何番目くらいかね?』と聞かれたら、『はい、1番か2番です!』と元気よく胸を張って言え。どうせ相手はお前の順位がわかる資料なんか持ってないんだから、何番だと言ったところでわかりゃしないからな」と言われました。私はこの言葉をはっきり覚えていました。
そして三次試験、面接の本番で、三人いる面接官のうちの一人から、正にこの「順位」の質問がされたのです。私の実際の順位は、当時真ん中より下だったと思います。さすがに1番や2番とは言えなかったので、少し下げて「はい!10番目くらいだと思います!」と胸を張って言いました。その瞬間、質問した面接官の目つきが変わりました。その面接官はいきなり声を荒げ、手に持った私の人事関係書類を手で叩きながら「君ね!この表彰の数でそんなに成績いいわけがないだろ!」と一喝したのです。訓練の際、課長代理が「持ってない」と言った資料を持っていたのです。そして「もういい!」と言ってその面接官は面接の終わりを告げました。私は、その瞬間、試験の不合格を悟りました。面接で嘘を言ってそれがバレるという、一発不合格の行為をしてしまったのです。
約1か月後、予想通り、合格者の中に私の名前はありませんでした。それから1年間勉強し、翌年の試験で巡査部長試験に合格しました。当時は機動隊で先輩から理不尽なシゴキを受けており、一緒に試験を受ける同期生と二人で「この試験落ちたら警察辞めて一緒に探偵事務所を開こう」なんて話をしていました。
淺利 大輔
あさり だいすけ
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、2024年6月までの32年間、警視庁警察官として勤務し、そのうち25年間を刑事として告訴・告発事件の捜査に携わってきました。
中でも、告訴・告発を中心に扱う知能犯捜査の経験が最も長く、数多くの事件で、実際に告訴状・告発状を受理し、捜査を進めてきました。
刑事部捜査第二課在籍時には、警視庁本庁舎(霞が関)の聴訴室において、告訴状を持参される弁護士の先生方と日々向き合い、
「事件として受理すべきか」「問題点は何か」
その現場の判断基準を、実務の中で徹底的に学び、鍛えられてきました。
だからこそ私は、警察が何を重視し、どこを見て告訴状を判断するのかを、初期段階から具体的に想定しながら作成することができます。
告訴・告発事件については、刑事の中でも専門性を持って取り組んできた分野であり、強い自負があります。
現在は、千葉県犯罪被害者支援センター会員として、
「費用面で弁護士への依頼をためらっている方」
「警察に何度も相談したが、前に進めずにいる方」
そうした犯罪被害者の力になりたいとの思いから、行政書士として告訴状・告発状の作成支援を行っています。
実際に、
「告訴、受理されました。淺利さんにお願いして本当に良かったです」
というご連絡をいただく瞬間が、何よりの喜びであり、この仕事を選んで良かったと心から思う瞬間です。
警察の内側を知る行政書士として、
“受理される可能性を高める告訴状・告発状”を、本気でサポートします。


