特 殊 詐 欺の手口と対策(福岡県警)
特 殊 詐 欺の手口と対策
令和5年4月13日
警察庁組織犯罪対策部
目 次
はじめに
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第1 特殊詐欺に用いられる通信手段
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1
1
1 被害者側が(被疑者側から)受ける電話機
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
1
2 被疑者側が(被害者側に対して)かける電話機等
(1) 被疑者側の電話番号が判明しない場合が多い
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2
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2
(2) 被疑者側の電話番号が判明する場合
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3
3 被疑者側が(被害者側から)受ける電話機等
4 被疑者と被疑者(共犯者)の間の通信等
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4
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4
第2 特殊詐欺に係る口座の出金、送金等
第3 特殊詐欺の被害者
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5
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6
第4 認知件数、被害金額等
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8
第5 暴力団をはじめとする犯罪組織等による特殊詐欺事犯の特徴
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
9
はじめに
令和4年中の特殊詐欺の被害額は361.4億円(認知件数は1万7,520件)であった。
特殊詐欺を依然として撲滅できていないばかりか、令和4年は、被害額、認知件数ともに、前年よりも増
加している(詳細は第4で述べる。)。
また、令和5年3月17日には、「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊
急対策プラン」(犯罪対策閣僚会議)が決定されたところである。
これらを踏まえ、特殊詐欺に用いられる通信手段、特殊詐欺に係る口座の出金、送金等を中心に、以下、
「特殊詐欺の手口と対策」について、分析することとする。併せて、特殊詐欺の被害者の方々の実情をはじ
め、被害の実態についても述べる。
第1 特殊詐欺に用いられる通信手段
1 被害者側が(被疑者側から)受ける電話機
ぎ もう
警察庁では、令和4年11月から、特殊詐欺の被害者側の通信手段(被害者への欺罔手段として最初に
使われた通信手段の被害者側)の詳細な調査を開始した。
その結果、令和4年11月及び12月に認知した特殊詐欺事件において、被害者側の通信手段は、(「メ
ール」、「はがき」、「電話」等の中では「電話」が85.2%で大半を占めているところ、さらに、)被
害者側の「電話」の97.2%が、(「携帯電話(スマートフォンを含む。以下同じ。)」ではなく、)
「固定電話」(なお、ここで言う「固定電話」には、0ABJ電話だけでなく、050IP電話のうち
固定式の電話機を用いているものも含んでいる。)であることが判明した。
このように被害者側の「電話」のうちほとんどが「固定電話」であることは、令和4年の特殊詐欺の
認知件数(「法人」が被害を受けたものを除く。)の86.6%が高齢者(65歳以上)の被害であることと、
ある程度の関係はあると考えられる。しかしながら、高齢者へのスマートフォンの普及率は相当高いと
する民間の調査結果等もあり、「高齢者を狙うことが、必然的に、「固定電話」を狙うことに直結す
る」とは考えられない。
そこで、「被疑者側からの電話の履歴が残るか否か」、また、「被疑者側からの電話を着信拒否がで
きるか否か」という観点から、被害者側の「固定電話」について考える必要がある(以下は0ABJ電
話について述べる。)。
被害に遭った「固定電話」を分析した結果は、次のとおり。
被害者側の「固定電話」は、機種によっては、そもそも、「どの電話番号からかけてきたのか」とい
う発信者側の電話番号を表示(ナンバーディスプレイ)し履歴として残す機能がない。(「携帯電話」
であれば、通常、この機能はある。)
また、一般には、「固定電話」の電話機に当該機能があったとしても、当該機能を利用するためには、
別途、そのための有料の契約が必要である。
さらに、「固定電話」では、一般には、「番号非通知」の着信を拒否するためには、そのために必要
な有料の契約を結んでいなければならない。
また、「固定電話」では、一般には、「番号表示圏外」(インターネット通信アプリからかけてきて
いるときなどには、このようにナンバーディスプレイに表示される)の着信を拒否するためには、その
ために必要な有料の契約を結んでいることに加え、当該拒否ができる機能のある電話機が必要である。
なお、あらかじめ登録しておいた電話番号からの電話以外の着信を拒否するためには、①発信者側の
電話番号を表示(ナンバーディスプレイ)し履歴として残す機能のある電話機であること、②当該機能- 1
を利用するための有料の契約を結んでいること、に加え、③電話機に「あらかじめ登録しておいた電話
番号からの電話以外の着信を拒否する機能」がついていることが必要である。
「固定電話機」の側において、様々な設定等を行わなければならない場合も多い。
このようなことから、被害者側が「固定電話」だと、「履歴が残らない」「着信拒否ができない」こ
とも多い。そのことは、特殊詐欺グループの心理において、「固定電話を狙う」方向に働く事情である
と考えられる。
警察は、被害者側の固定電話のナンバーディスプレイ機能及び履歴保存機能等によって「被疑者側の
電話番号」が判明したときは、通信事業者に依頼して、当該「被疑者側の電話番号」を使用できなくす
る措置を講じ、当該電話番号が使用された他の更なる被害の防止を図っている。しかし、「履歴が残ら
ない」のでは、この被害防止策を行うことができない。
また、警察では、特殊詐欺の被害を防ぐため、高齢者の方々等に対し、「「番号非通知」、「番号表
示圏外」等の電話を着信拒否等することはもとより、あらかじめ登録しておいた電話番号からの電話以
外は着信拒否等する」といった対応をお願いしている。
しかしながら、そのような機能を実現するための電話機(あるいは電話機に付ける装置)の購入(な
お、一部に補助金制度はある。)、月々の契約料といった金銭的な負担、また、そもそもそのような機
能を実現するための契約等の事務的な手続や、電話機の設定作業の負担は、高齢者の方々にとって、決
して、軽いものではない。このため、機械的・自動的な着信拒否等の取組が進んでいない。
この点、本年5月からは、NTT東日本及びNTT西日本が、70歳以上の高齢者及びその同居の家
族の名義の電話について、上記の有料の契約を無料化する取組を行うこととしている。これを契機に、
固定電話の側での着信履歴の保存、また、「番号非通知」の着信拒否により、特殊詐欺対策が進むこと
が期待される。
2 被疑者側が(被害者側に対して)かける電話機等
(1) 被疑者側の電話番号が判明しない場合が多い
上記1のとおり、そもそも被害者側の固定電話には、ナンバーディスプレイ機能等がついていない
(電話機には機能がついていてもナンバーディスプレイ契約をしていない場合を含む。)ことが多い。
また、特殊詐欺グループは、「番号非通知」や「番号表示圏外」等と被害者側の固定電話のナンバ
ーディスプレイに表示されるような方法で、電話をかけてくることも多い。この場合、被害者側の電
話機にナンバーディスプレイ機能等があったとしても、「被疑者側の電話番号」は、判明しない。
そのため、警視庁が令和4年4月から12月までの間に警視庁管内にかかってきた特殊詐欺の電話
(既遂にならないいわゆる「アポ電」を含む。)について調査したところ、被害者側の固定電話のナ
ンバーディスプレイ機能等によって「被疑者側の電話番号」が判明したものは、当該電話全体の約4
分の1にすぎなかった。
裏を返せば、特殊詐欺の電話の約4分の3は、「被疑者側の電話番号」が判明していないために、
「「被疑者側の電話番号」を使用できなくする措置」をとることができていない。
「「被疑者側の電話番号」を使用できなくする措置」を徹底するためには、まず、大前提として、
(少なくとも、番号通知でかけてくる場合には確実に被疑者側の電話番号を把握できるように、)
「被疑者側の電話番号」を判明させることができるようにしていく必要があると考えられる。
そのための方法としては、被害者側の固定電話のナンバーディスプレイ機能による方法はもとより、
通信事業者側のコンピュータ・サーバー等において、必要な履歴の保存等ができるようにならないか、- 2
今後、検討していく必要があると考えられる。
(2) 被疑者側の電話番号が判明する場合
それでは、上記(1)で全体の約4分の1程度ある「「被疑者側の電話番号」が判明したもの」とは、
どのようなものであろうか。
これは、被疑者の側が「被害者側の固定電話のナンバーディスプレイに「(被疑者側の)電話番
号」を表示させることに、「(被疑者にとっての)メリット」がある」と判断して、そのような手口
を選択しているということであろうと考えられる。
典型的には、「03-○○○○-○○○○」といった電話番号を被害者側の固定電話のナンバーデ
ィスプレイに表示させるといった手口が挙げられる。
この場合、被害者の方々は、「この電話は、東京都内の「固定電話」からかかってきた電話だろ
う。」と誤認して、ある種の「信頼」をしてしまいがちである。しかし、実際には、被疑者は、「東
京都内の「固定電話」」を使用しているわけではない。電話転送サービスを利用(悪用)して、被害
者側の電話機のナンバーディスプレイに「03-○○○○-○○○○」が表示されるようにしている
のである。
電話転送サービス事業者は、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)の
「特定事業者」とされており、同法に基づき、電話転送サービスを利用する顧客の氏名、住居及び生
年月日等の「本人特定事項」等を「本人確認書類」等により確認しなければならないこととされてい
る。
この「本人確認書類」の確認方法には、当該本人確認書類の外見を肉眼で目視して確認する方法と、
当該本人確認書類(の一部)に内蔵されているICチップのデータを使用して確認する方法とがある。
この点、近年、本人確認書類の外見の偽造の精巧化が著しく進んでおり、外見を肉眼で目視して確
認する方法では、偽造を見破ることが困難となってきている。このような外見の偽造の精巧化に対処
していくためには、マイナンバーカードの内蔵ICチップのデータを使用して確認する方法等、IC
チップのデータを使用して確認する方法への原則一本化(犯罪収益移転防止法施行規則の改正)も検
討していく必要があると考えられる。
【本人確認書類の精巧な偽造の事例】
令和4年、千葉県の民泊施設を拠点とし、偽造身分証明書を用いて複数の銀行口座を開設するなどした
組織的な詐欺事件の捜査過程で、500枚以上の偽造身分証明書が押収された。これら偽造身分証明書は、
インターネット経由での銀行口座の開設や、SIMカードやクレジットカードの契約申込時の本人確認書
類に使用されており、一見して真正の身分証明書と遜色ない精巧なものであった。
【捜査をかく乱するための手口】
電話転送事業者A→電話転送事業者B→電話転送事業者C→と多数の電話転送事業者が関与している複
雑な電話転送スキームを装い、A→B→Cと捜査をしなければならないことで警察の捜査を遅延させ、更
に典型的にはCを失踪等させることで、警察の捜査をかく乱する手口も見られる。
このような手口に対抗するために、例えば、総務省は、「電気通信番号使用計画」を作成し総務省の認
定を受けている電話転送サービス事業者を公表することなどにより、計画の作成を懈怠等する悪質事業者
を排除しようとする取組を行っている。- 3
なお、令和3年2月には、日本弁護士連合会が、総務大臣、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安
全)、警察庁長官等に対して「電話転送役務の不正な利用を防止する法整備等を求める意見書」を提出し
ている。
3 被疑者側が(被害者側から)受ける電話機等
上記1及び2は、被疑者側の電話機等から被害者側の電話機に電話をかける場合について述べた。一
方、特殊詐欺には、被疑者側が「受ける」電話機等の電話番号が判明している手口もある。
ぎ もう
例えば、被疑者から被害者側への欺罔手段として最初に使われる通信手段が「メール」、「はがき」
等であり、当該「メール」、「はがき」等に、「未払い料金があります。この電話番号に電話をしてく
ださい。」などとして被疑者側の電話番号を記載してある手口がある。また、突然、パソコン画面等に
「あなたのパソコンはウイルスに感染しました。ウイルスの除去等のサポートを受けるためには、この
電話番号に電話をしてください。」との表示をさせる手口もある。
あるいは、「還付金詐欺」では、「還付金があります。これから、携帯電話を持って、ATMに行っ
てください。ATMに着いたら、その携帯電話で、これから言う電話番号に電話をしてください。その
電話で、係の者が、お客様が還付金を受け取るためのATMのタッチパネルの操作の仕方を、順を追っ
てお伝えします。」などとして、被疑者側の電話番号を教える手口がある。
このような手口においては、当該「この電話番号に電話をしてください」などと伝えられる被疑者側
の電話番号として、050IP電話の電話番号が用いられていることも多い。
しかしながら、我が国においては、(「携帯電話」を契約する場合とは異なり、)050IP電話
を契約する際に、通信事業者には、顧客の氏名、住居及び生年月日等の「本人特定事項」等を「本人
確認書類」等により確認することは、義務付けられていない。そのため、当該電話番号から被疑者を割
り出そうとする捜査は、困難なものとなっている。
本人確認の義務付け等、制度改正を含めた検討が必要であると考えられる。
4 被疑者と被疑者(共犯者)の間の通信等
例えば、特殊詐欺グループの「首謀者」等が、末端の「受け子」や「出し子」等を募集するときに、
例えば「従来からの知人」に声をかけて募集したとするならば、当該「受け子」や「出し子」等は「首
謀者」等のことを知っているのだから、当該「受け子」や「出し子」等が検挙されたときに「首謀者」
等について警察に供述する(「首謀者」等にとっての)リスクがある。
そのため、最近では、SNSで「闇バイト」等と称して(なお、この自称自体が、犯罪の実行行為者
の募集であるという実態を覆い隠し、深刻さを応募者に感じさせないような効果を狙った不当なもので
ある。)「受け子」や「出し子」等を募集する例が目立っている。
SNSの運営主体等は、SNSにおける記述そのものに違法情報や有害情報が含まれている場合には、
当該記述を削除する取組を進めている。さらに、隠語、婉曲な表現、殊更に「違法行為ではありませ
ん」と注記する等の対抗策がされていたとしても、記述全体の文脈・趣旨から判断する取組も進められ
ている。
ところで、特殊詐欺グループの「首謀者」等は、データSIM、Wi-Fiなどを用いてインターネ
ットにアクセスする。その際に選ぶデータSIM、Wi-Fiなどは、顧客の氏名、住居及び生年月
日等の「本人特定事項」等を「本人確認書類」等により確認することが義務付けられていない(、かつ、
通信事業者による自主的な本人確認も行われていない)ものである。
その上で、これと同様に本人確認を経ずに取得できる、メールアドレス、データSIM(SMS機能- 4
のついたもの)の電話番号等を「連絡先」として、SNSのアカウントを取得する。
要するに、「首謀者」等は、本人確認を経ずに、SNSのアカウントを取得している。「闇バイト募
集」等と称するSNSは、「誰が、募集しているのか」という基本的なことさえ不明なのが実態である。
そして、「首謀者」等は、末端の「受け子」や「出し子」等には、「自分(首謀者等)が誰なのか」
を教えないことも多い。
被疑者と被疑者(共犯者)との間の犯行の指示、連絡等の通信では、テレグラム、シグナル等、秘匿
性の高い通信のできるアプリケーションが用いられることが多い。
上記のような手口を防ぐために、データSIM(SMS機能のついたもの)の契約をはじめ、関係す
る契約について、本人確認の義務付け等、制度改正を含めた検討が必要であると考えられる。
【事例】
令和元年11月中旬、日本警察からの情報提供により、フィリピン入管がフィリピン国内のアジトを摘発
して日本人36人を拘束。順次、退去強制となり、特殊詐欺の容疑で日本警察が逮捕。さらに、令和5年2
月、首謀者又は幹部とみられる日本人4人がフィリピンから退去強制となり、特殊詐欺の容疑で日本警察
が逮捕。この特殊詐欺グループに関連する可能性がある被害額は60億円以上。関連事件でこれまでに約70
人を検挙。
この特殊詐欺グループでも、被疑者と被疑者(共犯者)の間の通信に「テレグラム」が使用されてい
た。また、フィリピン国内にいる被疑者が日本国内にいる被害者に電話をかけるための手段としては、イ
ンターネット通信アプリが使用されていた。
第2 特殊詐欺に係る口座の出金、送金等
特殊詐欺の被害に遭った場合の被害口座の出金、送金等の動きは、特殊詐欺の被害口座に特有の、特
徴的なものとなることが多い。
例えば、現在、キャッシュカードを用いてATMから出金するについては、「1日の出金の上限額」
が定められていることが多い。そこで、一例を挙げれば、被害者から詐取・窃取したキャッシュカード
を所持している「出し子」は、(被害者が被害に気付いて口座を「止め」ることをしなければ、)被害
者の口座が残金(およそ)ゼロになるまで、連日、「1日の出金の上限額」の出金をATMで繰り返す
のである。
同様の口座の動きとなるものとしては、言葉巧みに被害者をだまして、被害者自身をATMに行かせ
て、連日、「1日の出金の上限額」の出金を被害者に繰り返させる手口もある。(この手口の場合、そ
の現金を、宅配便で(被疑者が指定した住所(空き家等)に)送付させたり、被害者の自宅等まで「受
け子」が行って受け取るなどする。)
あるいは、例えば「還付金詐欺」では、被害者は、だまされて、「自分の口座に還付金を送金しても
らうためのATMのタッチパネルの操作の仕方」だとばかり思い込んで、実際には、「自分の口座から、
犯人側が用意した口座に送金をするためのタッチパネル操作」をしてしまう。その場合、一例を挙げれ
ば、これまで自分の口座から他の口座への送金などしたことのない高齢者の口座から、突然、他の口座
への送金が行われることになる。
このように特殊詐欺の被害が疑われる口座の動きを、金融機関のシステムで検知するなどして、当該
出金、送金等を当該システム等で阻止する取組が行われている。
このような阻止の取組の具体的な中身の詳細は、それぞれの個別の金融機関ごとに異なっている。そ- 5
して、この点、一般には、特殊詐欺の被害を防ぐことに重きを置いて幅広く阻止をすると、特殊詐欺の
被害ではない出金、送金等までも阻止されることになって利便性を損ない、逆に、出金、送金等の利便
性を損なわないことに重きを置いて阻止の範囲を狭くすると、特殊詐欺の被害を防ぐことができないと
いう、トレードオフの関係となる。(なお、ATMにおいて出金、送金等が一時的に阻止された(出金、
送金等がATMではできない)としても、もちろん、金融機関の職員のいる有人窓口等において、「特
殊詐欺の被害に係る出金、送金等ではない」という一応の確認がされれば、出金、送金等はできる。た
だし、被疑者から「銀行の窓口では、(出金、送金等の理由を)こう説明してください。」などと言わ
れて、被害者が窓口で当該(一見すると特殊詐欺の被害ではないように聞こえる)説明をする場合等も
あり、確認には、時間を要することもある。)
しかしながら、システムでの阻止条件を多項目化・精緻化していくことなどによって、特殊詐欺の被
害に係る出金、送金等だけをより的確に過不足なく抽出して阻止しようとする取組も、個別の金融機関
によって行われている。
また、やむなく利便性が損なわれることもあることについては、個別の顧客や社会全体の理解を得ら
れるようにするための取組を、警察も含めて、より一層、しっかりと行っていく必要があると考えられ
る。
【金融機関の取組とその成果】
岐阜県では、令和3年中の還付金詐欺の認知件数が60件、被害額が約6,700万円であったが、県内に
本店を置く金融機関が協力して、令和3年9月から順次、ATMで送金できる場合や金額等を制限する
基準を厳格化したところ、令和4年の認知件数は32件、被害額は約4,000万円とそれぞれ減少した。
第3 特殊詐欺の被害者
特殊詐欺の被害者の方々について、「だまされる方も、注意が足りない(のが悪い)のではない
か。」と思っている向きが、もし仮に、社会の中にあるのだとすると、それは、全く、被害の実態とは
異なり、誤りである。
特殊詐欺グループは、積み重ねてきた「失敗」や「成功」を踏まえて絶えず修正を加えて極めて狡
猾・巧妙にしたマニュアル(話す内容、話し方等)に依っている。驚かせる、急がせる、不安にさせる、
肉親の心配をさせるなど、判断を誤らせるための心理的な仕掛けがある。しかも、個々の「(詐欺電話
の)かけ子」たちも、毎日のように長時間繰り返す電話での多くの「失敗」や「成功」により、悪事の
「練度」を上げている。
これに対し、特殊詐欺の被害者は、「本当の特殊詐欺の電話に対峙するのは初めて」という方々がほ
とんどである。「練度」に圧倒的な差がある。さらに、事例によっては、高齢者の方々の認知機能の衰
えが、「だまされないようにする力」の衰えにつながっている可能性もある。
したがって、被害者の方々は、たとえ特殊詐欺について「知識」があっても、「自分は大丈夫」と自
信があっても、十分に注意をしていても、「電話に出て」しまえば、必然的に、だまされることになっ
てしまう。これを「だまされる方も、注意が足りない(のが悪い)のではないか。」と被害者の「落ち
度」であるかのように考えることは、到底できない。
例えば、上記第1の1でも述べたように、機械的・自動的な仕組みによって、高齢者の方々がそもそ
も詐欺電話を受けずに済むように遮断しておくことを、まず第一に進めるべきであると考えられる。
特殊詐欺の被害者の方々には、口座から残高の全額を出金されて生活に困窮したり、自責の念や家族- 6
- 7
への申し訳なさなどから自殺をしたり自殺を考えたりする例もある。特殊詐欺の被害者の方々は、悲惨
な状況に置かれている。
【被害者の手記1】
オレオレ詐欺の被害に遭ったのは、昨年の5月、がんを患い入院していた妻が手術を受ける前日のこ
とでした。
私が、妻の手術成功を願い、神社でお参りをし帰宅したところ、自宅の電話が鳴りました。普段であ
れば、留守番電話に設定しており、すぐに電話に出ないようにしていました。けれども、妻の手術に備
えて、離れて暮らす長男が自宅に来る予定もあったので、私は、電話の相手は長男だと思い込んで電話
に出てしまったのです。
私は、自分の息子がトラブルに巻き込まれているのであれば何とかして助けなければという一心で、
お金をかき集めました。そのお金は、これまでの人生で、ぜいたくをせず、妻とコツコツと貯めたお金
で、将来、私と妻の老後の生活のため、そして、息子や孫達のために使うつもりだった大切なお金でした。
犯人から再度電話があったとき、声が息子と違うような気がしました。けれども、本当に息子だった
ら大変なことになると思い、親心と焦る気持ちから3,000万円という大金を渡してしまいました。
今思えば、お金を渡す前に、息子に電話して確認すれば良かったのですが、妻の病気、手術と、大変
なことが重なり、そこまで思いが至りませんでした。
翌日に手術を控えていた妻には、被害に遭った当初、お金をだまし取られたことを話せませんでし
た。心配を掛けたくなかったからです。それでも、退院後、被害を妻に打ち明けました。妻は、私を責
めることなく、優しく慰めてくれました。そんな優しい妻は、被害から2か月も経たずに、昨年7月、
他界しました。息子達は、私の傷口に触れないよう、今回の被害を話題にすることはありません。それ
が一層心苦しいです。
大切な人を思う気持ちを逆手に取り踏みにじる、特殊詐欺という犯罪を許すことはできません。
(男性・85歳)
【被害者の手記2】
私は、オレオレ詐欺の被害に二度も遭いました。二度とも、息子を思う親心につけこむ卑劣な手口でした。
一度目の被害は、6年前、息子を名乗る者から電話で、トラブルの解決に必要と言われて200万円を振
り込んでだまし取られました。二度目の被害は昨年の11月のことでした。またも息子を名乗る男からの電
話で、現金を用意できないかと言われました。
私は、親として、息子を助けることは当然のことと思い、複数の金融機関を回ってお金を下ろし、250
万円を準備しました。そのお金とキャッシュカードなどを、家に取りに来た男に手渡しました。
私は、お金を渡したことで息子が助かったとすっかり安心しました。ところが、金融機関からの連絡で
詐欺の被害に気付いたのです。今思い返すと、確かに不審な点はあったかもしれません。ですが、その時
は、息子を助けたい一心だったのです。
お金だけでなく、手渡したキャッシュカードも使われて、3つの銀行口座から1,200万円、根こそぎ引
き出されました。そして、引き出されたお金については、金融機関等から補償されることは一切ありませ
んでした。会社名義の口座から引き出された被害については、今後、私が補填していくことになり、被害
直後の12月はまさに茫然自失で、気が付いたら年が明けていました。私が受けた精神的ダメージは、その
くらい大きいものでした。 - 8
今後、このような被害に遭わないように、固定電話を使用しないこと、お金の管理は家族にしてもらう
ことにしました。会社名義のお金も返さなくてはならないので、生活も切り詰めなければなりません。
特殊詐欺という犯罪は、私のような被害者に借金を背負わせたり、生活を一変させたりしてしまう、卑
劣極まりないものです。犯人には、お金はもちろん、私の平穏な生活を返してほしいと強く思っています。
(女性・79歳)
【特殊詐欺被害者から自殺に関する相談を受けているNPO法人代表からのコメント】
NPO法人「自殺防止ネットワーク風」代表で、自殺に関する相談を30年かぜ
以上受けている篠原鋭一氏は、「特殊詐欺に関する相談の多くは、被害者で
あるにもかかわらず、財産をだまし取られたことを家族等から責められ、時
には無視や差別されるなど、周囲から孤立した結果、死を選ぶという悲惨な
ものである。被害者が自殺した後、遺族が責任を感じ、後追い自殺した例も
ある。特殊詐欺の被害に遭ったことにより、二次、三次被害として被害者や
遺族を死に追いやっていることから、いわば間接的殺人とも言える。被害者
は高齢者が多く、家族の役に立ちたい、我が子、孫を救いたいとの優しい思
いから被害に遭っている。自責の念に苦しむ被害者に、悪いのはあなたでは
なく犯人であるということを、家族も周りの人々も受入れ、社会全体が連帯
責任と受け止めて被害者を支える体制をつくることが大切だ。」と言う。
【個別の金融機関による被害補償の取組】
「特殊詐欺」のうちキャッシュカードすり替え型の手口については、刑法上の罪名は「窃盗」となるた
め、預金者保護法(キャッシュカードの窃盗及び偽造が対象)に基づく金融機関による被害補償の対象と
なり得る場合もある。
これに加え、個別の金融機関によっては、罪名が詐欺となる手口の一部についても、個別の被害の事情
等に応じ、被害補償を行っている例もある。
第4認知件数、被害金額等
令和4年中の特殊詐欺の認知件数は1万7,520件、被害額は361.4億円と、いずれも前年より増加した。
被害額の増加は8年ぶりであり、高齢者を中心に多額の被害が生じており、深刻な情勢が続いている。
認知件数を犯行手口別にみると、令和3年に急増した還付金詐欺が4,679件と最も多く、全体の約3割
を占めている一方、オレオレ詐欺や架空料金請求詐欺が全体に占める割合に増加がみられる(図表①、
②)。 - 9
図表①令和4年特殊詐欺の認知件数と被害金額の推移
図表②令和4年特殊詐欺の手口別の認知件数の推移
第5暴力団をはじめとする犯罪組織等による特殊詐欺事犯の特徴
令和4年中の特殊詐欺の検挙人員2,469人のうち、暴力団構成員等の人数は380人であり、その割合
(15.4%)は、刑法犯・特別法犯総検挙人員に占める暴力団構成員等の割合(4.4%)と比較して高い割
合となっている。また、主な役割別検挙人員に占める暴力団構成員等の割合をみると、中枢被疑者
(注)では33.3%、「受け子」等の指示役では34.3%、リクルーターでは46.2%と、暴力団が主導的な
立場で特殊詐欺に深く関与している実態がうかがわれる。また、特殊詐欺によって蓄えた資金を違法な
風俗営業等の事業に充てるなど、犯罪収益等を様々なところで還流させているとみられる事案も明らか
となっている(図表③、④)。
注:犯行グループの中枢にいる主犯被疑者(グループリーダー及び首謀者等)をいう。
平成25年平成26年平成27年平成28年平成29年平成30年令和元年令和2年令和3年令和4年
認知件数(件)11,998 13,392 13,824 14,154 18,212 17,844 16,851 13,550 14,498 17,520
被害金額(億円)489.5 565.5 482.0 407.7 394.7 382.9 315.8 285.2 282.0 361.4
11,998 13,392 13,824 14,154
18,212 17,844 16,851
13,550 14,498
17,520
489.5
565.5
482.0
407.7 394.7 382.9
315.8 285.2 282.0
361.4
0.0
100.0
200.0
300.0
400.0
500.0
600.0
0
4,000
8,000
12,000
16,000
20,000
(億円)(件)認知件数(件)
被害金額(億円)
H25 H26 H27 H28 H29 H30 R1R2R3R4
合計11,998 13,392 13,824 14,154 18,212 17,844 16,851 13,550 14,498 17,520
オレオレ詐欺5,396 5,557 5,828 5,753 8,496 9,145 6,725 2,272 3,085 4,278
預貯金詐欺4,135 2,431 2,362
架空料金請求詐欺1,522 3,180 4,097 3,742 5,753 4,844 3,533 2,010 2,117 2,893
還付金詐欺1,817 1,928 2,376 3,682 3,129 1,904 2,375 1,804 4,004 4,679
キャッシュカード詐欺盗1,348 3,777 2,850 2,602 3,051
上記以外3,263 2,727 1,523 977 834 603 441 479 259 257
0
4,000
8,000
12,000
16,000
20,000
(件)
図表③ 検挙人員に占める暴力団構成員等の割合
図表④ 暴力団構成員等の役割
【事例】
○ 神戸山口組傘下組織幹部らによる特殊詐欺事件等(令和4年8月、警視庁)
息子等になりすましたオレオレ詐欺事件の受け子を検挙したことを端緒として、その後の取調べ等
の捜査により、神戸山口組傘下組織が主導的な立場で特殊詐欺に関与している実態を解明し、令和4
年8月までに、同組織の幹部を特殊詐欺事件の被疑者として逮捕した。また、特殊詐欺の捜査と並行
して同組織に対する戦略的な実態解明を推進し、同組織の別の幹部らを風営適正化法違反(禁止区域
営業)で逮捕したほか、同組織の総長らを東京都暴力団排除条例違反(暴力団事務所の開設及び運営
の禁止)で逮捕しており、特殊詐欺やこれら犯行による犯罪収益が同組織の資金源になっていたこと
がうかがわれる。- 10
淺利 大輔
行政書士淺利法務事務所 代表
私は、警視庁警察官として32年間勤務し、そのうち25年間刑事(捜査員)をやってきました。さらにその中でも知能犯捜査関係部署(主として告訴・告発事件を捜査する部署です)の経験が一番長く、数々の告訴・告発事件に携わってきました。刑事部捜査第二課員当時は警視庁本庁舎(霞が関)1階にある聴訴室で、電話帳のように分厚い告訴状や告発状を持参して来られる弁護士先生方を毎日のように相手にし、ここで大いに鍛えられました。
これまでの経験を活かし、告訴事件の相談を受け告訴状をリーズナブルな料金で作成することで、犯罪被害者の方たちを支援できるのではと考えたからです。
「淺利に頼んで良かった」依頼人の方からそう思っていただける行政書士を目指していきます。